太陽と雪
左手に銃を持った御曹司がいた。

アンタ、和之さんにピアノを演奏してもらっていたんじゃないのかよ?

この展開は、予想していなかった。

「危ないよ?

銃とか慣れてないんだろ?

怪我するから止めろ?」

引き金にかかる手は、見ているこちらが不安になるくらい、震えている。

このままでは、誰かに当たる。

「うるさいっ……!
黙れぇ!」

引き金にかかる指が、手前に引かれた。

辺りに響く銃声。


銃弾が向かった先は、俺でも、相沢でもなかった。

咄嗟に飛び出して来た影に当たった。

その影は、俺と相沢の前に倒れた。

「……っ……!
痛っ……

ごめんなさいね?

今は、城竜二じゃなくて、宝月の人間なのよ、私。

大事な親友の彩が無理やり政略結婚だなんて、納得いかないわ」

女性の声。

女性にしては、少し低い。

「美崎さん?」

姉さんの親友だ。

俺より早く、オーストリアに向けて飛び立ったはずだ。

その彼女が、何でここに?

そこで、ふと思い出す。

先程貰ったエージェントルームからの報告には、城竜二美崎の姿もあったと言っていた。

それを聞いた相沢が、彼にしては珍しく、卒倒しそうなくらい、顔面を蒼白にしていたのを思い出す。

「脚撃たれてんじゃねーか。

銃弾は貫通してるから大丈夫だな。

……相沢。
止血してやれ、早く!」

「坊ちゃまに言われなくても行います!」

そう言って、美崎さんのところに向かった相沢。

いつも冷静で、取り乱すことのない俺の執事にしては、強い口調だった。

美崎を誤って撃ってしまった後、御曹司は足をもつれさせながら、その場から逃げようとした。

俺が咄嗟に脇腹に強い蹴りを入れて、御曹司を足止めした。

御曹司が落とした銃は、窓から投げ捨てた。

「……おっと。
……逃がすワケ、ないだろ?

ちゃんと裁判を受けてもらわないとな」


「そうよ。

彩の母親に……依頼するわ。

検事だからね?」

「ってか、撃たれてるんだから、喋るなって。

余計に広がるぞ?傷口」

俺が止めても、彼女の薄いピンクの唇からは言葉が溢れた。

「これだけは言わせて?

私は、今は、宝月の人間よ!

私を撃ったこと……オーストリア全土に広めてやるわ。

いいえ、この映像はカメラに収めてある。

全世界に配信してやるわ!

国民全員、失望……

いいえ、世界から嘲笑されるわね。

そうされたくないなら……
誓約書、今すぐに書きなさい!

彩との婚約を破談にするって」


「それだけはやめろっ!

ちゃんと……ちゃんと明日には書くから!」


「言ったわね?
ちゃんと書きなさいよ?」

「いいから。
それ以上、喋らないほうがいいって」

美崎さんの薄い唇からは、赤い液体が数滴流れている。

相沢が、泣きそうな顔をして手当てをしているのが印象的だった。

和之さんが現れた。


「和之さん……」


「かなり、心が荒んでたから。

音楽セラピーやってあげたの。

良かったよ、少しは効いているみたいだ。

何しろ、善悪の区別も付かないくらいだったからね。

どう?

君の大事なお姉さんの婚約は、破談に出来そうかな」

「はい。

おかげさまで。

ご苦労をおかけしました」

和之さんに微笑みかけて、彼に頭を下げる。

その後、悠月ちゃんが自分の愛娘である悠香ちゃんと、彼女を抱いた橋本と一緒に歩いてきた。

どうやら、和之さんが助け出したみたいだ。

そして、相沢に婚約を破談にする旨の書面が手渡された。

さらに、例の御曹司が婚約を破談にすると会見を行い、その模様が全世界に配信された。

その後すぐに、オーストリアから日本に向かう機内で、テレビ電話を繋いだ。

画面の向こうには、姉さんがいた。

すっかり、元気になっている。


「破談にしたよ?

あの婚約。

俺だけじゃない。

世界中が証人だ」


『良かった……
ありがと、麗眞』


「どういたしまして。
姉さん。

矢吹さん、ニブいから、ちゃんとしなきゃダメだよ?

婉曲に、じゃなくてさ。

素直に気持ちを伝えるといいと思うよ。
何かあったら聞くし、遠慮なく俺に頼って」


『何が?
ねえ……!
なんなのよ!』


画面の向こうでぶつくさ文句を言う姉さんの言葉には答えず、通話を切った。
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