太陽と雪
<彩side>
あの時、矢吹が死んでしまうと思って大泣きした私。

気力が尽きていたのか、1日眠りこけていたという。

数日ぶりに、TV電話で弟の顔を見た。

婚約の話は、なかったことになった。

好きでもない人と結婚なんて、死んでもごめんだった。

結婚くらい、ちゃんと好きな人としたい。

それを報告して、その後に言い残した言葉は意味が分からないものだった。

何よ、麗眞ったら。

何かあったら俺に頼ってくれていいって言葉の意味がよく分からない。

自分は椎菜ちゃんという可愛くて美人な婚約者がいるからって、調子に乗るな!

そう言いたかった。

矢吹がニブいって、どうニブいのだ。

運動神経のこと?


「彩お嬢様?」

矢吹の声がした。

「……何よ。

……!?」


私の視界には、彼の執事服の布地。

微かに、彼の香水が鼻腔を刺激する。
安らぐ香りだった。


彼の心臓の音が聞こえる。
その音は、かなり速かった。

私の背中には、いつも抱っこしてもらうときと同じ温もりを感じる。

彼に抱き締められているのだと気付くのに、時間がかかった。



「せめてもの、お詫びです。

他ならぬ彩お嬢様に、ご迷惑をお掛けしたので」

「別に、いいのよ?

気にしなくて」

「いいえ。

私が執事として至らなかったせいで、お嬢様を生命の危機に陥らせてしまいました。

彩お嬢様は、お酒に耐性がございませんのに。

そんな状態までお嬢様を追い込んだのも、私のせいです」

最近になって、矢吹といると胸が苦しくなるようになってきた。

心臓が音を立てて跳ねる感じ。

「とりあえず、破談にしたって。

あの婚約。

それだけは安心したわ。

だって、ちゃんと自分が望む、貴方みたいなカッコいい人と結婚できる。

で?矢吹。
ケガは大丈夫なのかしら?」

「大丈夫でございますよ。

ごく、軽いケガでございました。

可愛かったですよ?

一瞬だけ意識を手放した私に思い切り抱きついて来られて。

そのうえ半泣きになって訴えかけている彩お嬢様は。

邪な衝動を抑えるの、大変でございました。

私以外の男に同じことをしたら、襲われておりましたよ?

私の鉄の理性に感謝してくださいませ」

「やっぱ、執事さんといえども男だよな。
な?美月」

「まあ……そうね」


大ケガをしたはずの柳下祐希が、谷村美月と一緒に手を繋いで現れた。

しかも、首筋に赤いものが付いているのが見える。

何なのよ!
見てるこっちが恥ずかしいわ。


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