太陽と雪
「相沢。

いつまで仕える主ではないにしろ、家の人間に涙を見せるつもりだ。

いい加減泣き止んだらどうだ?」

「まぁ、泣いている相沢さんもレアでいいけれど。

貴方は仕える主の結納やら、挙式やらの準備のサポートが仕事でしょう?

心理学に長けたお友達と、そのパートナーの挙式もサプライズでやるみたいじゃない。

そちらの方の準備も大丈夫なのかしら?

まぁ、こちらが落ち着いたら私も手伝うわ。
知らない仲じゃないし」

泣き止んだ相沢さんは、私と矢吹に情報をくれた。

『今はご結婚されて姓が早川に変わっているようですが、院長の娘と娘婿様が、唯一の身内になるようです。

今は、不妊治療の末、妊娠した子供さんを育てるため、育休を取得中だそうですが。

その方に連絡を取れれば、突破口が見えるやもしれません。

さて、私はそろそろ来週の麗眞坊っちゃまのナイトクルーズの準備でも致します。

何しろ、そこで正式に麗眞坊っちゃまから椎菜様へ、プロポーズされるそうですから」

通話は切られた。

……幸せそうで何よりだ。

私も、弟の幸せな姿を見るために準備をしなくては。

矢吹に、パパの知り合いの柏木 康一郎(かしわぎ こういちろう)さんの息子、柏木 志郎(かしわぎ しろう)さんへの連絡を頼んだ。

彼なら、建築を学びにウィーンへ留学したこともある。

近い将来、私にとって義理の妹になる椎菜ちゃんが喜ぶロケーションには詳しいだろう。

彼は、現当主の柏木 康一郎さんに代わり、正式に柏木グループを継ぐことを表明したのだ。

その会見の準備は、私も手伝った。

更に、同じ大学の後輩として、直々にいろいろなことを教えたのが印象的深い。

「柏木様から、彩お嬢様に代わって欲しいとのことです。

どうぞ」

『彩さん、お久しぶりです。
柏木です。

お元気ですか?

弟さん、ご結婚されるそうですね。
式には呼んでくださいね!

あ、そうそう。

今、当主を継ぐことになったので、ウィーンに留学してたときにお世話になった人にご挨拶したところなんですが。

彩さんの名前を出すと、知り合いだという人が何人かいて。


世界って、意外と狭いんですね。

前に三ノ宮さん夫婦の家に誘われてお邪魔したときに、彩さんとその弟さんの話になって。

彩さんと、弟の麗眞くんにはお世話になった、って感謝しきりでした』

まさか、彼の口から懐かしいラブラブ夫婦の名前が出てくるとは思わなかった。

「そうなの?

彼らには、結婚式の余興の演奏でも頼もうかと思っていたところなの。

彼らに、何とか連絡を取れないかしら」

『了解です。
すっかり気に入られて、明日も家にお邪魔するから、その時に聞いてみます。

ああ、それから、アマルフィ海岸近くの式場も押さえてあります。

万が一にも、国内に変更になったときのために、そちらの式場もいくつか押さえてあります。

それからすぐにハネムーンになだれ込めるように、国内外に柏木グループ渾身の別荘も用意してありますので!

頑張りましたよ、彩さんのためですから。

他に何か困ったら、言ってくださいね!

あ、そうそう。

政略結婚させられそうになってたそうですね。

そのお相手が、俺がウィーンにいたときにホームステイしていた家のご子息だったのでビックリでしたよ。

その彼とも連絡は取っているんです。

罪滅ぼしじゃないけど何か力になれることがあったら何でも言ってくれ、って伝言を預かってます。

それじゃ、彩さんも忙しいでしょうし、彩さんとの通話は終わりにしますね!

いつでも連絡下さい!』


矢継ぎ早に用件だけを言った後、電話を切った彼。

は、また矢吹に電話を渡した。

当主として、しっかり自分の為すべきことを淡々と行える頭の良さと判断力の速さは持っている。

それに、私には決定的に足りない人懐っこさもきちんと持ち合わせている。

見習わなくては。

一息つくと、コンコン、という音と共に、ドアがノックされた。

「いろいろなことで頭がいっぱいだろ。

カクテルでも飲むか。
ご馳走するぞ」

内側に開いたドアの隙間から、村西さんが顔を出した。

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