太陽と雪
1人になると、嫌でも先程の光景を思い出す。

そして、想像してみる。

上半身はおろか、下半身に何も身につけていない、彼の姿を。

彼は、謎が多い。

この、宝月家の、私の執事になる前は、何をしていたのだろうか。

私は、彼について何も知らない。

知らなさすぎる。

……お付き合いしている女性とか、いたのだろうか。

その人に、さっき私が見たような、上半身裸の姿を。

何度も晒していたのだろうか。

そんな姿は、想像できるはずがなかった。

よく考えれば、私にそんな経験は皆無だ。

告白してくる男どもには断りの返事しかしたことがない。

初恋は藤原だったからだ。

そして、ぶんぶんと首を振って、先程の、矢吹の裸の想像を頭から追い出す。


……コンコン。
2回の、控えめなノックの音がした。

「あの……お嬢様?
矢吹です。

着替えを外に置いておきますゆえ、お使いくださいませ」


「ありがと。
助かったわ」


それだけ言って、髪を洗い終えた後、お風呂場を出た。


用意してあったのは、胸元にリボンがついた薄いピンクのレースブラウスと、ツイード素材になっているグレージュの台形スカートだった。

それを着て脱衣室を出ると、矢吹が声をかけてきた。


「お嬢様、髪を乾かさずにいられますと、また風邪をひきますよ?

よろしければ私がやって差し上げましょうか」


「髪乾かしたり、セットしたりなんて、矢吹、出来るの?」


「私にお任せくださいませ、彩お嬢様」


「じゃあ……やってもらおうじゃない」


矢吹に促され、ドレッサー前の椅子に座る。

私の髪の毛を軽く持ち上げて、下から上に、空気を入れ込むように乾かし始める。


「彩お嬢様の髪は、ぺたんこになりやすいですので。

おそらく旦那様に似たのでしょう。

せっかくの綺麗な髪が台無しでございます」

さらにブラシで毛先を内巻きにしながら上から下へとドライヤーを当てていく。

「毛先を動きやすくすることで、アレンジしやすくしているのです」


そ……そうなんだ……。
自分の髪のことなのに、全く無自覚だった。


「お熱くはありませんか?
……お嬢様」


矢吹の言葉に無言で頷くと、それはようございましたという返事。


ただ、執事の矢吹に真っ赤になっているであろう顔を見られていないかが心配だった。

先程の矢吹の裸を見てから、やけに彼を男性として意識してしまって困る。

その後、矢吹にヘアアイロンで髪を平巻きにしてもらって、髪のセットは完了した。


「いかがでございますか? 」


「さすが、矢吹ね。
ありがとう。

ちょっと見直したわ」


「めっそうもございません」

さて、朝ご飯を食べに行きましょうか。
なんだかお腹が空いてきたわ」


執事と2人で、食堂に降りる。


サラダとパンのバイキングという、ホテルさながらの朝食を終えた後、矢吹の運転する車で屋敷を出た。

行先は、講演を行う泰名大学だ。
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