太陽と雪
「あ、彩さん。
おはようございます」

朝目が覚めると、鈴の音色みたいな声の挨拶が帰ってきた。

光が当たると柔らかく映える茶髪は、丁寧に後頭部で結われている。

耳に飾られているのは上品なゴールドのスクエアピアス。

ところどころ手の甲に傷がある彼女は、矢吹の横で、テーブルに食器を並べる手伝いをしていた。

「あら、おはよう。

いつ来たの?

椎菜ちゃん」

この彼女こそ、私の弟の婚約者だ。

「昨日の深夜に。

麗眞から、何かあったときも、何もなくても来ていい、って言われていたのを思い出して。

伝えたいこともあったので、丁度いいかな、ってお邪魔しちゃいました。

ノンアルコールカクテルもご馳走いただきまして、久しぶりにゆっくり眠れた気がします」

こんなんで、体調を崩さないのだろうか。

彼女は、決して身体は丈夫ではない。

よく肺炎や気管支炎を起こしては、医療に聡い高校生の友人によって病院に担ぎ込まれていた。

「こんなところにいて大丈夫?

麗眞が心配するわよ。

殊更、麗眞は貴女のことになると過保護だから」

「いいんです。

麗眞には、ここにいることは言ってありますし。

高校の頃からずっと持っている盜音機のGPS機能だけはオンにしてありますから」

そういえば、皆持ってたな、そんな機械。

麗眞の親友は、皆この機械を持っているようだ。

「おや、彩お嬢様。

おはようございます。

もうすぐ義理の妹になられる方と立ち話もなんですから、お座りになってはいかがですか。

朝食も用意してございますよ」

矢吹の一言に、素直に納得して、朝食を食べるために席についた。

テーブルにあるスクランブルエッグを箸で続きながら、彼女に話を振った。

「それで?

椎菜ちゃん、気になること、って?

麗眞と関係のあることかしら」

「いいえ。
そうではなくて、美崎さんのことなんです。

私、この手紙見たら居ても立っても居られなくて。

私より人生経験豊富な方の知恵を借りるために、ここに来たんです」

「美崎の?」

「一度はもうすぐ家族になる彩さんを陥れようとした人ですけど。

一方で、私の両親を救ってくれたことには感謝もしていて。

そんな人を、みすみす失いたくないだけです。

私は理名や拓実(たくみ)くんとは違います。

人が亡くなる知らせを、しかも自分の知り合いのものを聞きたくないだけでもあるんですが。

こんなんじゃ、こんな弱いままじゃ、次期当主の妻、出来ないですかね。

あ、本題からズレちゃいますね、すみません」

落ち着かせるためか、一息つくためか、近くのロイヤルミルクティーを一気に飲み干した椎菜ちゃん。

彼女は、矢吹から受け取った手紙を、そのまま私に寄越した。

「彩お嬢様以外は、この手紙をご覧になっています。

どうぞ」

矢吹から渡されたそれには、美崎の少しクセのある、しかし丁寧な字が書きつけられていた。

『この手紙を読んでいる、ということは、もう私はこの世にはいないのかしらね。

あるいは、奇跡的に大怪我で済んでいる可能性もあるけど。

しばらくフランスに留まって、私だけ単独行動をします。

彩にくっついて行っちゃうけど、ごめんね。

城竜二家を清算する、大きな仕事のために、準備が必要なの。

もう誰も、不幸な目に遭っちゃいけないもの。

城竜二のあのクスリの資料も、それ以外の城竜二の根幹を成す資料も全て。

宝月の使用人が、城竜二の使用人に気付かれないように混じって、強固なセキュリティの金庫に移してくれたわ。

これでもう、城竜二の魔の手によって誰も不幸にならなくて済むわ。

宝月の人間、彩には小学校の頃からお世話になってるわね。

彩のウェディングドレス姿、見たかったな。

麗眞くん、次期当主として、彩共々、宝月家をよろしくね。

セキュリティ面が少し弱いから、城竜二を立て直したら、そのノウハウを分けようと思ったけれど、そこまでできるかしら。

椎菜ちゃん、妻として次期当主のサポートは大変だと思うけれど、貴女なら出来るわ。

物怖じせずに、相手が傷つかないような言い回しで的確に相手を諭せるのが、貴女の最大の長所ね。

その力は今後、必要になってくるし、次期当主の大きな助けになるわ。

最後に。

幼少期に私を迎えに来る、って言ってた王子様に会いたかったなぁ。

今後の宝月グループの発展を願って、筆を置きます。

城竜二 美崎』

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