太陽と雪
よく眠って、何か長い夢を見ていた気がする。
夢の内容は、無論よく覚えていない。
……夢の続きだろうか、矢吹の声がする。
「彩お嬢様、起きてくださいませ。
もうお昼をとっくに過ぎていらっしゃいますよ」
「ふえ!?
もうお昼?」
「ええ、そうですよ。
私たちもそろそろ日本に帰って、麗眞さまの結納の準備でもお手伝いしませんと」
もう帰るのか。
ふと部屋を出ると、仲よさげに談笑する椎菜ちゃんと、仲良し夫婦の片割れ、奈留ちゃんの姿があった。
「おや、もうお目覚めになったのですね。
もう少しお休みになっていてもよろしかったのですよ?
お疲れでしょうから。
何しろ、子宮蓄膿症を患った犬の処置を、3時間かけてやり遂げたそうですからね。
大したものです、奈留様も、椎菜様も。
彼女たちをサポートした雅志様も。
皆さんがこのフランスという国に居合わせたからこそ為せる技でございました。
でなければ、こう上手くはいかなかったでしょう」
突然、別荘のパソコンのモニターに、葦田雅志が写った。
彼の横には、院長の姿があった。
その目は虚ろではなく、すっかり元の院長に戻っていた。
院長の愛犬であるチワワのチャッピーが、尻尾を激しく振りながら彼の周りをぐるぐると回っている。
奈留ちゃんが、ホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
「良かった、いつもの院長だ!」
「プラセボ効果を使いましたが、うまくいきましたね。
椎菜様たちが手術を敢行している間、院長の娘の早川様と、彼女の旦那が彼に付き添いました。
彼らに、身体が元気になるビタミン剤だと口添えして貰い、あのクスリの効果を打ち消す薬剤を注射いたしました。
成功でございますね」
『悪かった、なんて軽い言葉じゃ駄目だな。
奈留ちゃん、本当に申し訳なかった。
また、病院にスタッフとして戻ってきてくれるか』
「あ、院長!
お久しぶりです!
大学で教え子でした、矢榛 椎菜です!
彼女たちは、ここフランスにある、貴方の娘さんが院長の病院に、次期理事長候補として雇っていただこうかな、と思っているんです。
娘さんにも話は通してあります。
その方が、娘さんも育児に専念できるかと思いまして。
それに、お2人自身、いずれは独立して自分の名を冠した病院を持ちたいみたいですし。
その経験は、むしろ活きるかと思います」
『そうか、皆がそれで納得しているなら、私から水を差すようなことは言わないよ。
椎菜ちゃん、君はどうするんだ。
宝月家の次期当主の妻になるんだろう。
獣医の仕事と両立しながらやっていけるのかい?』
「私は、次期当主の妻として学ぶこともたくさんあります。
そのため、少し一線からは離れます。
こんなに優秀な先輩と、その奥さんがいるんですから、獣医師会の未来も明るいですし」
「何かが吹っ切れたような、晴れやかな顔をしているわね、彼女。
何かあったのかしら」
奈留ちゃんと椎菜ちゃんが、お互いに唇に指を当てて微笑んでいるのが、何だか微笑ましく見えた。
「彩お嬢様、昼食はすでに出来ております。
食べ終わったら、この別荘を出て、空港に向かいませんと。
宝月家専用機がスタンバイしておりますよ。
あ、椎菜様は先に帰国されるのですよね。
着いたら、手筈通りに。
それでは、お気をつけて」
手筈、って何?
何をするの?
「矢吹、話しなさい。
彼女は私にとって未来の義理の妹よ」
「長らく、麗眞さまと椎菜様の間にあった唯一の隠し事、についてです。
そろそろお互いに認識していただこうかな、と思いましてね。
隠し事を抱えたまま、プロポーズや結納に進まれるのは、危険だと判断したのです。
私は、葦田夫婦からのお願いを聞いたまで。
お互いに、葦田夫婦はコンテストで麗眞様と椎菜様のことは認識しております。
奈留様が、椎菜様を説得したようですよ。
椎菜様自身も、産みたかったのに流産した奈留様本人から話を聞いて、モヤモヤが吹っ切れたと仰っていました」
やるじゃない、奈留ちゃん。
お昼ごはんのパスタとスープを胃に入れると、さっさと別荘を出て空港に向かった。
「オーナー、じゃなかった、彩お嬢様。
大変お世話になりました。
またお会いしましょう、今度は麗眞くんの結婚式で」
私をおちょくっているのか、その口調はやめてほしかったが、まぁいい。
行くつもりなのか。
まぁ、その方が椎菜ちゃんも喜ぶだろう。
そんなことを思いながら、空港から宝月専用機に搭乗した。
行き先はもちろん、日本だ。
夢の内容は、無論よく覚えていない。
……夢の続きだろうか、矢吹の声がする。
「彩お嬢様、起きてくださいませ。
もうお昼をとっくに過ぎていらっしゃいますよ」
「ふえ!?
もうお昼?」
「ええ、そうですよ。
私たちもそろそろ日本に帰って、麗眞さまの結納の準備でもお手伝いしませんと」
もう帰るのか。
ふと部屋を出ると、仲よさげに談笑する椎菜ちゃんと、仲良し夫婦の片割れ、奈留ちゃんの姿があった。
「おや、もうお目覚めになったのですね。
もう少しお休みになっていてもよろしかったのですよ?
お疲れでしょうから。
何しろ、子宮蓄膿症を患った犬の処置を、3時間かけてやり遂げたそうですからね。
大したものです、奈留様も、椎菜様も。
彼女たちをサポートした雅志様も。
皆さんがこのフランスという国に居合わせたからこそ為せる技でございました。
でなければ、こう上手くはいかなかったでしょう」
突然、別荘のパソコンのモニターに、葦田雅志が写った。
彼の横には、院長の姿があった。
その目は虚ろではなく、すっかり元の院長に戻っていた。
院長の愛犬であるチワワのチャッピーが、尻尾を激しく振りながら彼の周りをぐるぐると回っている。
奈留ちゃんが、ホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
「良かった、いつもの院長だ!」
「プラセボ効果を使いましたが、うまくいきましたね。
椎菜様たちが手術を敢行している間、院長の娘の早川様と、彼女の旦那が彼に付き添いました。
彼らに、身体が元気になるビタミン剤だと口添えして貰い、あのクスリの効果を打ち消す薬剤を注射いたしました。
成功でございますね」
『悪かった、なんて軽い言葉じゃ駄目だな。
奈留ちゃん、本当に申し訳なかった。
また、病院にスタッフとして戻ってきてくれるか』
「あ、院長!
お久しぶりです!
大学で教え子でした、矢榛 椎菜です!
彼女たちは、ここフランスにある、貴方の娘さんが院長の病院に、次期理事長候補として雇っていただこうかな、と思っているんです。
娘さんにも話は通してあります。
その方が、娘さんも育児に専念できるかと思いまして。
それに、お2人自身、いずれは独立して自分の名を冠した病院を持ちたいみたいですし。
その経験は、むしろ活きるかと思います」
『そうか、皆がそれで納得しているなら、私から水を差すようなことは言わないよ。
椎菜ちゃん、君はどうするんだ。
宝月家の次期当主の妻になるんだろう。
獣医の仕事と両立しながらやっていけるのかい?』
「私は、次期当主の妻として学ぶこともたくさんあります。
そのため、少し一線からは離れます。
こんなに優秀な先輩と、その奥さんがいるんですから、獣医師会の未来も明るいですし」
「何かが吹っ切れたような、晴れやかな顔をしているわね、彼女。
何かあったのかしら」
奈留ちゃんと椎菜ちゃんが、お互いに唇に指を当てて微笑んでいるのが、何だか微笑ましく見えた。
「彩お嬢様、昼食はすでに出来ております。
食べ終わったら、この別荘を出て、空港に向かいませんと。
宝月家専用機がスタンバイしておりますよ。
あ、椎菜様は先に帰国されるのですよね。
着いたら、手筈通りに。
それでは、お気をつけて」
手筈、って何?
何をするの?
「矢吹、話しなさい。
彼女は私にとって未来の義理の妹よ」
「長らく、麗眞さまと椎菜様の間にあった唯一の隠し事、についてです。
そろそろお互いに認識していただこうかな、と思いましてね。
隠し事を抱えたまま、プロポーズや結納に進まれるのは、危険だと判断したのです。
私は、葦田夫婦からのお願いを聞いたまで。
お互いに、葦田夫婦はコンテストで麗眞様と椎菜様のことは認識しております。
奈留様が、椎菜様を説得したようですよ。
椎菜様自身も、産みたかったのに流産した奈留様本人から話を聞いて、モヤモヤが吹っ切れたと仰っていました」
やるじゃない、奈留ちゃん。
お昼ごはんのパスタとスープを胃に入れると、さっさと別荘を出て空港に向かった。
「オーナー、じゃなかった、彩お嬢様。
大変お世話になりました。
またお会いしましょう、今度は麗眞くんの結婚式で」
私をおちょくっているのか、その口調はやめてほしかったが、まぁいい。
行くつもりなのか。
まぁ、その方が椎菜ちゃんも喜ぶだろう。
そんなことを思いながら、空港から宝月専用機に搭乗した。
行き先はもちろん、日本だ。