太陽と雪
真相

隠し事

〈麗眞Side〉

フランスにいる椎菜が元気そうで良かった。

コンテストで準優勝した女性獣医師である奈留さん。

彼女の流産のトラウマも、吹っ切れたようだった。

椎菜も尽力したらしい。

こりゃ、可愛い婚約者が帰ってきたら甘いご褒美、あげないとな。

もう彼女は昨晩、飛行機に乗った旨の連絡が、姉さんから来た。

しばらくすれば帰ってくるだろう。

ある場所に向かうために、部屋を出て、優秀な執事の相沢に命じる。

「相沢、車頼む。

いつものじゃなくて、普通っぽいやつで」

「かしこまりました。

既に用意してございます。

麗眞坊っちゃまも、吹っ切れた晴れやかな顔をしていらっしゃいます。村西様と遠藤様に、カクテルをごちそうになったあの夜が転機でしたかね。

覚悟を決められたようで、何よりです」

相沢の言葉で、俺は一昨日の夜のことを思い出していた。

ナイトクルーズ。

そこで、椎菜にプロポーズをするつもりでいる。

高校時代の友人に伝説のカップルがようやくなのか……と言われそうだ。

しかし、その様子を直に見てもらいたくて、各々に招待状を作成していたところだった。

1番籍を入れるのが遅そうな、医者同士のカップルへの招待状を作成し終えた。

その時、ドアをノックする音がした。

間を開けてもう一度音がした。

このノックの仕方は、執事の相沢ではない。

誰だ、こんな夜分に。

「ちょっといいか、麗眞くん。

俺と遠藤の与太話に付き合うのも、気晴らしになっていいだろ。

缶詰になっていないで、地下のバーに来たらどうだ?」

声の主は、前に美崎さんのことを教えてくれたことがある、村西さんと遠藤さんだった。

親父の知り合いということなら、色々と面白い話が聞けそうだ。

既に日付は変わっている。

今からは、とても眠れそうにない。

ちょうどいいので、少し酒の力を借りることにした。

地下のバーにエレベーターで降りた。

「どうだ、家庭を持つ心持ちは。

まぁ、結納や挙式も残ってるから、まだ実感も湧かないだろうが」

そんな話からスタートした。

遠藤さんの後輩が、俺の高校時代の同級生の深月(みづき)ちゃんらしい。

そこを共通項に、話はみるみるうちに弾んだ。

「麗眞くん、彼女にビンタされたことがあるらしいね、彼女らしいよ」

その話は、カナダに来た椎菜と距離を置くことになり、彼女の憔悴しきった表情を見た後まで遡る。

俺は、深月ちゃんと、その彼氏の秋山 道明(あきやま みちあき)を玄関口で出迎えた。

久しぶり、の一言も口にしないまま、無言で深月に一発、平手打ちを喰らったのだった。

「最低、見損なったよ!

麗眞くん!

椎菜がどんな想いではるばるカナダまで来たのか、何にも分かってないんだから!

近くにいた高校の頃は、お互いのことは手に取るように分かったかもしれないけどね!

離れた瞬間これ、って虚しくないの?

とにかく、落ち着いたら椎菜と交換してる、っていう日記でも見ることね!」

「京都への旅行の時、椎菜ちゃんとどんな過ごし方をしたか、よーく思い出してみるんだな」

ヒートアップする深月をよそに、道明には、その一言だけを告げられたのだった。

「日記には既に目を通して、知ってるんだろ?
麗眞くん。

カナダに来たとき、彼女は既に麗眞くん、君との子供を流産した後だった、っていうことを。


そのことを、なぜ彼女に伝えない?

まさか、それを隠し通したままプロポーズはしないよね?

少しでもわだかまりがあると、どんなに親しい関係も、終わりを迎えるのは早いよ。

そういう例を、心理学の教授としてたくさん見てきたからね。

まだ若い君たちには、そんな思いはしてほしくないんだ」

「そうよ。

私たちの先を超すからには、ちゃんと椎菜に伝えなきゃダメよ。

彼女、流産のことを言いたくないがために、理由を取り繕って距離を置いたのよ。

実際、私とカラオケに行くときも歌うのは未練たらしい歌ばかりでね。

泣きながら歌ってたこともよくあったから」

そう言った時、芯の通った、しかしトーンは柔らかい声が響いた。

「そうだぞ。

お前ら2人だけで、京都に旅行に行ったことがあっただろ。

その時のことを思い出して、丁寧に経過辿るといい。

彼女をカナダで最後に抱いた時の状況も総合すると、答えは見えるだろ?

頭のいい麗眞なら尚更」

あくまで冷静に、ロジカルに思考を整理させてくれる、落ち着く声色。

長年、深月ちゃんのパートナーなだけある。

彼こそ、遠藤さんの後輩、深月の旦那だ。

籍は入れたが、挙式はまだだという。

いつか、機会があればサプライズで挙式でもやってやりたい。

っていうか、この2人も呼んだのか、遠藤さん。
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