太陽と雪
ふと、肩に若干の重みを感じた。

ふわり、と椎菜がもたれ掛かってきたのだ。

その瞳には、大粒の涙が溜まっている。

「泣かせるつもり、なかったんだけどな。

可愛い顔が台無しだよ?

早く泣き止んでくれないと、泣けないように唇塞ぐけど」

椎菜の、口紅で彩られた唇に、そっと自らの唇を重ねた。

少し離れていたんだ、これだけでは到底足りない。

そっと舌を割り入れると、舌が絡み合う音が狭いゴンドラ内に響いた。

「んっ……」

「麗眞、ズルいよ。

こんなキスも、それにお供えしてあった沢山の品物も。

ボードゲームとか、紫色のトレーナーにジーンズとか、植物の百科事典とか。

勉強も遊びも、ちゃんとしっかりさせたい、って感じのラインナップで。

なんとなく、教育方針が見えた。

あの子が喜ばないわけ、ないと思うな。

今頃はお供えした服着て、ボードゲームで遊んでるのかな」

もう、椎菜の目から溢れる涙は止まっていた。

いつもの柔らかい笑顔で微笑んだ椎菜は、自ら俺の唇を割って、舌を侵入させてきた。

「優しい婚約者さんには、ちゃんとご褒美あげないとね?」

「そう言う椎菜も、葦田夫婦にいろいろ協力したらしいじゃん。

とびきり甘いご褒美、屋敷であげたいな。
今日は寝かせないよ?」

「ふふっ、麗眞なら言うと思った。

もちろん。

獣医ですもの、それなりに体力はあるし、ついていくよ?

相手が世界一大事で大好きな人だもの」

「……可愛い顔で、可愛い声でそんな台詞は反則だな。

我慢できなくなるでしょ?

今すぐ抱きたいくらいなんだから」

「んも、麗眞ったら。

そういうところ、相変わらずね。

高校時代に戻ったみたい。

ゴンドラ降りたら、話し終わったから迎えに来るように、桜木さんに電話するからね。

屋敷につくまでの我慢、だよ?」

そう言いながら、そっと俺のズボンの中央の膨らみに手を添えるのはやめてほしい。

確信犯か。

オフショルダーになっているラベンダー色のニットから、あわよくばブラジャーの紐が見えそうだ。

ゴンドラは一周して、今度はお姉さんに迎えられた。

椎菜の手を引いてゴンドラから降ろしてやる。

「ありがと、麗眞」

グレーのレーススカートが風に揺れて、階段を降りづらそうだった。

エレベーターがある場所まで我慢してもらった。

「エレベーター乗ろうぜ。

レースのスカート、丈長くて可愛いけど。

裾踏んで転ばないかヒヤヒヤした」

「ありがと、麗眞。

気が利く婚約者だこと」

「あ、桜木さん、もうこの公園の出口にいるって!

早くお屋敷帰ろ、麗眞!」

エレベーターが止まる本当に直前のことだ。

彼女の身体をそっと壁に押し付けて、俺の腕で逃げ場を塞いだ。

「そんな肩が出る可愛い服着て誘われちゃ、本気で寝かさないよ?

俺にどうされたいのかな?

世界一可愛い婚約者さんは」

答えを聞く前に、エレベーターのドアが開いてしまった。

そっと、俺の腕から解放してやる。

「おや、お話だけではなく、イチャイチャも出来たようですね。

イチャイチャもですが、まずは暖を取りましょう。

結納に挙式、婚約会見。

色々と控えている今、体調を崩されては大変です」

それは、桜木さんの言う通りだ。

屋敷に着くと、暖を取るために温かいトマト豆乳鍋を囲んだ。

なるほど、健康には良さそうだ。

「外は冷えましたからね、何なら先にご入浴されてきてはいかがですか。

お2人がまだ高校生だった頃、お世話になった来客用の浴室が、憶えていらっしゃいますか?

今なら、何時間でも貸し切りに出来ますよ」

クイ、と俺の服の裾を引いて、上目遣いで俺を見つめる椎菜。

「何なら一緒に入る?

来週には結納して、結納の前日には籍入れるんだ。

いいでしょ?椎菜」

「先に言われたぁ。

私も一緒がいい、って言おうと思ったの」

どこまで俺を欲情させるんだ、可愛い俺の婚約者は。
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