太陽と雪
「お嬢様。
ご到着致しました」

ハンドルを握るのは矢吹だ。

本来は運転手がいるのだが、今日は運転手が出払ってしまっている。

『ドライブレコーダーの重要性について』
とかいう、研修を受けているのだという。

ハンドルを握る手捌きに、つい目がいってしまう。

私は、彼の一挙一動から目が離せないでいた。

信号のない横断歩道で歩行者に道を譲る優しさも、カッコイイ。

ちょっと!

万が一にも、私じゃない他の誰かが矢吹に惚れたらどうするのよ!

気が気じゃなかった。


早っ!

30分……経ってないわよ?

いくらなんでも早すぎる。


矢吹のエスコートで車を出る。

病み上がりの身体で降りづらいと気を利かせてくれたのか、矢吹が手を貸してくれた。

ありがたく、その手を握る。

私と違って冷え性ではないのか、その手は温かく、安心した。

出迎えてくれた学長さんらしき人に、挨拶をする。

「おはようございます。

本日はよろしくお願いいたします」


そう言うと、隣にいる矢吹も、私の後に続いて丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ、わざわざお越しくださってありがとうございます」


学長さんに、講演をする場所まで案内してもらった。

「講演と授業見学が終わったらすぐに帰ったほうがいいよ。

君みたいな、若くて可愛い人は特にね。

このところ……多いんだ。

女子生徒が施設内で男に襲われる事件が」


だから、1つのドアしか開いていないのか。

ようやく合点がいった。

不審者の格好は黒のニット帽にグリーンのコートらしい。

1時間30分、講演を行った。

私が動物病院の経営に成功したコツや、他の会社の動きを細かく読む極意を講義した。


終了後、学長の計らいで、せっかくだからと授業を見学させてくれた。


「さすがでございます、彩お嬢様。
私は、サッパリでしたが……」


「貴方も私の執事でしょう?
経済学くらい勉強しておくことね」


それだけ執事に言うと、私はマネジメントの講義を見学した。


データをもとに経営計画を立てたり分析したり……経営者の業務をひと通り体験する、という授業だ。

私は当然、学生の立てた経営計画にダメ出しばかり。


「経営計画が甘すぎるのよ!

そんなんじゃ……すぐ買収されるわよ?
買収ならまだいい方。

チョコレート並みに甘い計画なら即座に倒産するわ。

もう少し勉強して、出直してくることね」


「彩お嬢様……
言い方がキツすぎでは……?」


「いいのよ。

これくらい言わないと、成長しないわ。

経営者っていうのはね、精神的に強くなきゃダメなの」


そんなやり取りを数回繰り返して、授業見学を終えた。


帰る前に、お手洗いで崩れた化粧を直したくなった。

「矢吹、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

「かしこまりました。
どうぞお気を付けて」


その旨を矢吹に伝えて、化粧室から出た瞬間。


何者かにいきなり腕を掴まれて、床に押し倒された。

黒のニット帽にグリーンのコート……

目はサングラスで隠れている。

口許にはニヤリと、笑みを浮かべている。

若い女性がほっつき歩いていてラッキー……
そんな風に思っているのだろう。

学長さんが言ってた不審者に違いない。


見回すと、矢吹がどこにもいなかった。

助けなさいよ!

何で肝心なときに……いないの?

真面目に空手を習っておくべきだった。


「嫌っ……!

助けなさいよっ!

やだ!
たすけて!!」


どこからか、革靴の音が。

「私の彩お嬢様に触るなっ!
……汚らわしい」

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