太陽と雪
姉弟
知られざる理由
「……バカ……」
この歳になってこんな大泣きすることなんてないと思っていた。
なのに、涙は溢れるばかりで、一向に止まってくれない。
よくよく思い返してみれば、私、麗眞にヒドイことを言っていた。
彼は……麗眞はバカなんかじゃない。
麗眞は高校を卒業してから、カナダにいる親戚のところに4年間、預けられて過ごした。
刑事になるための勉強と並行して宝月家当主になるための知識や立ち居振る舞いも、とにかくたくさん頭に詰め込んだようだ。
そして、本当なら使い放題のパパたちのコネも使うことなく、実力で刑事になった。
本当に頭がよくなければ出来ない。
それに。
……麗眞の高校の頃の同級生、矢榛 椎菜。
彼女は、この宝月家の屋敷にもよく遊びに来ていた。
私も、顔を知っている。
本当の夫婦のように、仲が良く、私の前でも構わずしょっちゅうイチャイチャしていた。
夜
は濃厚な時間を過ごしていたようで、彼女が眠そうにしていたのをよく覚えている。
法律で定められている婚姻年齢を超えたら、すぐにでも2人は結婚するものだとばかり、思っていた。
しかし、そう甘くはないのが現実だ。
彼女が大学生になり、一時、旅行で麗眞が留学するカナダに来たことがあった。
その時に、彼女から距離を置きたいと言われたそう。
『嫌いになったわけじゃない。
少しの間離れて、麗眞自身がいずれ宝月家を背負う立場になったときの予行練習がしたい。
自分がその立場に相応しい振る舞いが出来るのかどうか、自分の気持ちと向き合いたいのだ』
という考えのようだった。
それは表向きの理由だ。
本音は、睡眠欲や食欲より性欲が強い麗眞といると、獣医師としてのキャリアを積む前に妊娠しそうだったから、というのもあるようだ。
実際、高校卒業後に京都のホテルに泊まりに行った際も、散々イチャイチャしていたらしい。
その時の麗眞の不手際で、椎菜ちゃんが妊娠したことと、初期の段階で流産して手術をしたことは、麗眞には直接伝えられていない。
距離を置きたい、という彼女の言葉に対する麗眞の答えは、こうだった。
すごく大人びたものだったので、よく覚えている。
そして、その夜に麗眞からビデオ通話が来た。
目は赤く充血していて、一目で泣いたのだと分かった。
『分かった。
お前がそう考えたなら、椎菜。
お前の決断を尊重する。
宝月 麗眞っていう人間のことはひとまず置いて、
矢榛 椎菜っていう1人の人間としての将来を真剣に考えてな。
それに対して出た結論が如何様であろうと、受け止めるから』
って返したらしい。
大人じゃん。
私の何十倍も。
私より年下のくせに。
私がもし麗眞の立場だったら、そんな物言いは出来ない。
麗眞は高校の時の同級生たちから、精神年齢いくつなんだと常々思われていたようだ。
私じゃん。
バカなのは。
「彩お嬢様。
私です……」
相変わらず……貴方はノックせずに入ってくるのね。
そのおかげで、誰だか分かるんだけど。
「矢吹、今は話したくない。
一人にして……」
「しかし……
彩お嬢様……」
「いいから……!」
「し……失礼致しました。
外におりますので、ご用の際はお呼びください」
バカ矢吹……
鈍感っ!
気づきなさいよ……
知ってるでしょ?
私が素直じゃないの。
私の「一人にして」は……
「近くにいて」ってことと紙一重だって知ってるでしょ?
それでも……私の執事?
「バカ矢吹……」
そう、呟いたとき……
後ろから、温かい温もりに包まれた。
「彩お嬢様。
お呼びでしょうか。
一人になんて……させませんよ?
執事は常に、お嬢様のそばにいるものですから」
「矢吹……」
「実は先ほど、麗眞さまから伺いました。
彩お嬢様の『1人にして』は『傍にいて』と紙一重だと」
「何で……教えてるのよ……
麗眞ったら」
ほんのちょっとだけ嬉しかった。
「お嬢様。
我慢なさる必要などございませんよ。
泣くのは人間として、誰しもが持っている当然の感情表現の一つです。
悲しいときは……満足のいくまで泣いていいのですから」
矢吹の言葉で、止まったと思った涙がまた溢れてきた。
気付かないうちに彼の腕の中で思い切り声をあげて泣いていた。
この歳になってこんな大泣きすることなんてないと思っていた。
なのに、涙は溢れるばかりで、一向に止まってくれない。
よくよく思い返してみれば、私、麗眞にヒドイことを言っていた。
彼は……麗眞はバカなんかじゃない。
麗眞は高校を卒業してから、カナダにいる親戚のところに4年間、預けられて過ごした。
刑事になるための勉強と並行して宝月家当主になるための知識や立ち居振る舞いも、とにかくたくさん頭に詰め込んだようだ。
そして、本当なら使い放題のパパたちのコネも使うことなく、実力で刑事になった。
本当に頭がよくなければ出来ない。
それに。
……麗眞の高校の頃の同級生、矢榛 椎菜。
彼女は、この宝月家の屋敷にもよく遊びに来ていた。
私も、顔を知っている。
本当の夫婦のように、仲が良く、私の前でも構わずしょっちゅうイチャイチャしていた。
夜
は濃厚な時間を過ごしていたようで、彼女が眠そうにしていたのをよく覚えている。
法律で定められている婚姻年齢を超えたら、すぐにでも2人は結婚するものだとばかり、思っていた。
しかし、そう甘くはないのが現実だ。
彼女が大学生になり、一時、旅行で麗眞が留学するカナダに来たことがあった。
その時に、彼女から距離を置きたいと言われたそう。
『嫌いになったわけじゃない。
少しの間離れて、麗眞自身がいずれ宝月家を背負う立場になったときの予行練習がしたい。
自分がその立場に相応しい振る舞いが出来るのかどうか、自分の気持ちと向き合いたいのだ』
という考えのようだった。
それは表向きの理由だ。
本音は、睡眠欲や食欲より性欲が強い麗眞といると、獣医師としてのキャリアを積む前に妊娠しそうだったから、というのもあるようだ。
実際、高校卒業後に京都のホテルに泊まりに行った際も、散々イチャイチャしていたらしい。
その時の麗眞の不手際で、椎菜ちゃんが妊娠したことと、初期の段階で流産して手術をしたことは、麗眞には直接伝えられていない。
距離を置きたい、という彼女の言葉に対する麗眞の答えは、こうだった。
すごく大人びたものだったので、よく覚えている。
そして、その夜に麗眞からビデオ通話が来た。
目は赤く充血していて、一目で泣いたのだと分かった。
『分かった。
お前がそう考えたなら、椎菜。
お前の決断を尊重する。
宝月 麗眞っていう人間のことはひとまず置いて、
矢榛 椎菜っていう1人の人間としての将来を真剣に考えてな。
それに対して出た結論が如何様であろうと、受け止めるから』
って返したらしい。
大人じゃん。
私の何十倍も。
私より年下のくせに。
私がもし麗眞の立場だったら、そんな物言いは出来ない。
麗眞は高校の時の同級生たちから、精神年齢いくつなんだと常々思われていたようだ。
私じゃん。
バカなのは。
「彩お嬢様。
私です……」
相変わらず……貴方はノックせずに入ってくるのね。
そのおかげで、誰だか分かるんだけど。
「矢吹、今は話したくない。
一人にして……」
「しかし……
彩お嬢様……」
「いいから……!」
「し……失礼致しました。
外におりますので、ご用の際はお呼びください」
バカ矢吹……
鈍感っ!
気づきなさいよ……
知ってるでしょ?
私が素直じゃないの。
私の「一人にして」は……
「近くにいて」ってことと紙一重だって知ってるでしょ?
それでも……私の執事?
「バカ矢吹……」
そう、呟いたとき……
後ろから、温かい温もりに包まれた。
「彩お嬢様。
お呼びでしょうか。
一人になんて……させませんよ?
執事は常に、お嬢様のそばにいるものですから」
「矢吹……」
「実は先ほど、麗眞さまから伺いました。
彩お嬢様の『1人にして』は『傍にいて』と紙一重だと」
「何で……教えてるのよ……
麗眞ったら」
ほんのちょっとだけ嬉しかった。
「お嬢様。
我慢なさる必要などございませんよ。
泣くのは人間として、誰しもが持っている当然の感情表現の一つです。
悲しいときは……満足のいくまで泣いていいのですから」
矢吹の言葉で、止まったと思った涙がまた溢れてきた。
気付かないうちに彼の腕の中で思い切り声をあげて泣いていた。