太陽と雪
それから、5分ほど経って、矢吹がくれた缶ジュースを飲み干すと、気分の悪さは落ち着いてきた。


「行くわよ?
矢吹」


「もう大丈夫なのですね。

では、麗眞さま、参りましょうか。

大変お待たせして、申し訳ございません」


「いいのいいの。

俺も、素直な姉さんを、久しぶりに見ることが出来て満足だから気にしないで」


「走るわよ、矢吹、麗眞。

先にアトラクションのチケット、取っておかないと!」


「彩さま、完全復活でございますね。

元気で大変よろしゅうございます」


「それでこそ、彩お嬢様でございますから」


「まだ1時間以上あるわね」

私が配ったチケットを受け取った相沢さんが言った。

「先に、他のものを楽しんでいましょうか。

時間は有限です。

失った時間は、二度と戻ってきません。
有効に使いませんと」


それから、皆でてくてく歩く。

若い男女と、夏なのに暑苦しいスーツを着た男性2人。

傍から見たら、異様な光景だろう。

貸し切りなので、傍から見られることもないのだが。

昼間なのに不気味な雰囲気を放つ建物の前で足を止めた。


「ねぇ矢吹。

まさか……ここに入るとか言わないわよね?」


「入る、と言ったらどうされますか?

まあ……夜になると本物が現れる、という噂もあるようですし、今が良い機会かと」


「平気だって。

普通のお化け屋敷の100分の1はマシだよ。

怖くねぇから。

昔ここに来た時、椎菜も、今の姉さんと同じくらい怖がってな。

まぁ、そこが可愛くて。

すぐホテル戻って抱きたいくらいだったんだけど」

「ちょっ……麗眞まで!!
やめなさいよ。
そういうの、私、一番苦手なのよ」


しかも、さりげなく惚気たし。
ホント、この男は……

とっとと、椎菜ちゃんと結婚しろ、この変態リア充!


「大丈夫でございますよ、彩お嬢様。

何があっても、私がお守りしますから。

それとも、守るのが私では、不安でございますか?」

さっきまでとは180度違う、優しい笑顔でそう言ってくれる矢吹。


「そ……そこまで貴方が言うなら、入ってやってもいいわよ。

早く行くわよ?」

勇気を出して入って、拍子抜けした。

まさかの矢吹と2人で動く椅子に乗るの!?

聞いてないわよ……そんなこと!

なによコレ、まるでデートじゃない!


矢吹なんか、椅子が急に回転し出したりする度に、つい小さく声を上げてしまう私を見てずっと笑ってたのよ?


アトラクションから降りる前に、そっと私に近づいて耳打ちした。


「やはり、彩お嬢様も……れっきとした女性、でございますね。

とても可愛らしいお姿をたくさん拝見できて良い時間でした。

私にとって本日の日付は宝物になります」


何よ…それで褒めてるつもり?


「私も楽しかったわ。
ありがとう」

顔が赤いのを矢吹に見られたくなくて、俯きながらそう言った。

それが精一杯だった。

矢吹に主と執事以上の特別な感情を抱き始めていることに、気付かぬふりをするためにはこうするしかなかった。
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