太陽と雪
指定の時間になって、チケットを取ったアトラクションに並ぶ。


「このアトラクション、最後の急降下ポイントで写真撮られるらしい。

ボートが滝に落ちる前に、顔を上げ気味にして45度の角度で右を向いたまま、体を固定すればカメラ目線で写真が撮られて記念になるって」


麗眞の言葉に、肩をビクッと震わせた。

き……急降下……?

怖い!怖すぎる!無理!

荷物番でもやりたいが、そこまで荷物はなかった。

残念だ。


「そのようですね。

私はお供しますよ、麗眞坊ちゃま」

相沢さんも乗り気だ。


「皆で、トライしてみませんか?

宝月家の次期当主になられる方たちなら、これぐらいは出来ませんと」


この男、正気か。

次期当主と何の関係もないし、第一、私が降下苦手だって知ってるくせに!

次期当主をいじめる使用人って、パパやママに言いふらすわよ!


「彩お嬢様は、結構ですよ?」


いちいち、人の神経を逆撫でする執事ね……


「じ……上等じゃない。

それくらい、やってやるわよ!!

これくらいやる度胸がないと、次期当主は務まらないわ。

かなり大きなものを、一挙に背負うことになるのよ。

一瞬の判断が、この巨大な組織を堕落させるかもしれない、そんな判断力や意志の強さも、次期当主には必要になる。

そうよね、麗眞」

「うわ、姉さんが当主っぽいこと言ってる。
明日、夏なのに雪でも降るのか?」

「麗眞ぁ!
バカにするな!」


姉弟ケンカを繰り広げている間に、2人ずつで案内される。

もちろん、矢吹と私。

心もとない、ボロい丸太ボートで……大丈夫なのかしら?


「ひゃあっ…」


降下の度に私のことを気にかけ、さりげなく片手を握ってくれている矢吹。

その手の温もりが、私より大きい、角ばった男らしい手が、私に勇気をくれた。


「お嬢様。

目を瞑っているから、余計に怖いのでございます。

どうぞ、目をお開きくださいませ。
大丈夫です。

何があっても、私がお守りします。
命に代えても。

……そろそろ……体と心の準備を」


そろそろ……だ。

45度に固定をして、右を窺う。

微かにだが、カメラらしき物体が見えた。


その瞬間。


バシャーンッ!


音と水しぶきともに、ボートが滝壺に落下した。


「もうっ!!

どうしてくれるのよっ!!

服……ズブ濡れじゃないっ!!

写真には、貴方たちは笑顔なのに私だけドヤ顔で写ってるし」

写真を見て、麗眞は抱腹絶倒していた。

「これも、親父とおふくろへの土産話だな。

刑事と検察官の夫婦だ、証拠が必要だろう。

相沢、後で俺と姉さんの分、購入な」

しかも、ちゃっかり写真買うのね。


かなり濡れた。

襟ぐりが広く開いていて、袖に黒いフリルがついている横縞の半袖Tシャツからはうっすらと下着の線が見えてしまっている。

お気に入りのカーキ色というには少し薄いキュロットスカートまで濡れて、色が変わってしまっている。

ヘリでこのテーマパークに出発する数分前まで時は遡る。

「矢吹、せっかく羽を伸ばしに行くのよ。

いつものお嬢さまっぽいのじゃなくて、普通の服を選んでほしいの。

今時の女の子がテーマパークに行くときに着るような服を。
お願いできる?」

私が珍しく矢吹に要望を言って、彼に見立ててもらったものだ。


「さて、一度ホテルにお戻りになりませんか?

そのままでは、風邪を引きますので。

私としては、庶民的な格好のお嬢様をもう少し見ていたかったのですが」


「当然でしょ?

早く着替えたいわ。
びしょびしょで気持ち悪い。

矢吹。
早く戻るわよ」


「麗眞坊っちゃまもお着替えになりませんと。

まさか、彩さまを見てもし椎菜さまだったら、などと不埒なことを考えていたのではありますまいね?

次期当主の資格がある方ですのに、嘆かわしいです。

先程から上の空だということは、図星でしょうか」

相沢さんに言われたことがグサッときたのか、麗眞は少し散歩してからホテルに戻るという。

我が姉ながら、弟のこの先が思いやられる。

「麗眞坊ちゃまは放っておきましょう。

そのうち疲れたら帰ってくるでしょうし。

さぁ、彩さまと矢吹さんは早くホテルに」

相沢さんに促されるまま、ホテルに向かった。
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