太陽と雪
「矢吹は、行ったことあるの?
お祭り」


「はい。
ございますよ」


「あ……あるんだ。
なんか意外ね」


「はい。

私がかつてアメリカの国防総省に勤務していたことは、既に彩お嬢様にお話しした記憶がございます。

覚えていらっしゃいますか?
そのときに1度」


「え……そうなの?」


「その日が、国防総省の一員でいられる最後の日だったのでございます。

彩お嬢様に執事として仕えるよう、依頼を受けた日でございましたから」


「そ……そうなの?」


「はい。

その当時の同僚の女性に連れられて行ったのでございますが……

私、あろうことかその場で結婚を前提にお付き合いをしてほしいと告白をされまして……

ですが、丁重にお断りさせていただきました」


「うわ、せっかくのチャンスを棒に振るなんてもったいない……」


「執事として1人の女性に献身的に仕える身。

それなのに、伴侶がいらっしゃるまま、彩お嬢様にお仕えすることは、私のプライドが許さなかったのでございます」


そ…そうなの……?


何か、色んな意味で意外だったわ。


「申し訳ございません、彩お嬢様。

大して面白みもない、私の昔話など、聞かせてしまって……」


「謝る必要なんてないわ。

私が聞きたくて貴方に聞いたんですもの。

私の知らない貴方のお話、暇があれば、またぜひ聞かせてほしいわ。

聞いたこと……後悔なんかしてないわよ?」

私が顔なんて知る由もない、矢吹がペンタゴンにいた頃の同僚だったという女性。

ほんの少しだけ妬いた。

これは、私だけの秘密にしておく。

「恐れ入ります、彩お嬢様」


そう言ってから、私の手に握られていた茶葉4倍ミルクティーを取り上げると、くずかごに収めてくれた矢吹。


「では、そろそろお時間です。

頭痛も治まったようですし、参りましょうか、彩お嬢様」


「え?
どこに行くのよ……」


「今いらっしゃるこの場所よりも、もっと……海と夜景がキレイに見える場所でございますよ。

彩お嬢様はお好きでしょうから、海と夜景。

一生忘れられない景色を、私からお嬢様にプレゼント致しましょう」
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