接吻ーkissー
「大変長らくお待たせいたしました」

その声と共に、また灯りがついた。

薄暗いステージには、ピアノの椅子に座っている竜之さんがいた。

竜之さんの手は、鍵盤に置かれていた。

その瞬間、深くて静かなメロディーが会場に流れた。

ベートーベン作曲、ピアノソナタ『悲愴』だ。

誰も、一言もしゃべらない。

会場を占領するのは、竜之さんが奏でるピアノのみだった。

キレイ…。

その音色に、息をするのも忘れてしまった。

魅せられっぱなしだと、私は思った。

竜之さんを好きになってから、私は彼に魅せられっぱなしだ。
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