接吻ーkissー
そう言った後、竜之さんはタバコの火を消した。

「この前、ホテルでピアノを弾いただろ?

その時の客ン中にすっげー偉い人がいてな、俺の演奏を聞いたらしい。

それで、海外でデビューしないかって誘われたんだ」

そう言った竜之さんに、
「――へ…へえ、すごいですね…」

私は答えた。

でも、竜之さんが乗り気じゃないのは何故なのだろう?

だって、海外でデビューなんてすごいことじゃない。

「ずーっと、夢を見てた訳だからな。

逃げるように帰国しても、工場に就職しても…ずっとずっと、ピアノを弾いていた訳だし」

なのに、どうしてそんな顔をしてるの?

その願いが叶うかも知れないって言うのに、どうしてそんな顔をしてるの?
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