シンデレラルーム 702号室
よく考えてみれば…

初対面の、しかもどこの誰だか分からないような俺に話したりなんかしないよな。


ずっとここにいたくらいだし、一人にしておいてほしいのかもしれない。



「…それ、返さなくていいから」


少しだけ。

ほんの少しだけ、後ろ髪が引かれる想いがしたが……


それだけ告げると、俺は潔く諦めて踵を返した。



彼女はちゃんと帰るだろうか。

風邪をひかないといいのだが……


そんなことを思いながら、数歩歩いた時だった。



「……待って!」



背中に響く、汚れのない澄んだ声。


「待って…ください…!」



振り向くと、薄い桃色のスカートをふわりと揺らした美しい詩織が

濡れた上着を片手で抱きしめながら、立ち上がって俺を見つめていた──



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