シンデレラルーム 702号室
「俺にしとけば苦労はしねぇのに…お前もバカだな」


そんな本音を漏らしつつ、詩織の指通りのいい髪を優しく撫でた。

フローラルと肌の匂いに酔いしれ、白く柔らかな首筋に口づける。


俺達が触れ合うのは、これが最後──…



「こんなとこで泣いてないで、さっさと馬鹿な旦那のところへ帰れ」



相変わらずぶっきらぼうな言葉。

…だが、笑顔で言ってやれた。



「ま…雅秋さ…っ…!」



愛しい詩織は、俺の腕の中で何度も“ごめんね”と“ありがとう”を繰り返しながら

子供のように泣きじゃくっていた。



詩織は俺に“好き”だとか、愛を匂わせるようなことは決して言わなかった。


それはきっと、俺に期待させないための些細な思いやりだったんだろう。


< 125 / 192 >

この作品をシェア

pagetop