あやとり
玄関のドアが開く。
優ちゃんが入ってくる。
「お待たせ、みぃちゃん。エアコン付けといてくれたんだ、ありがとう」
心に入り込んでくる優しいトーンの声だ。
「電話、長かったね。誰から?」
一瞬、間が空いた。
「誰から?甲斐君からじゃないの?」
ばれていたんだ、という表情で頷いている。
それが妙に癇に障った。
「みぃちゃんは知っていたんでしょ。彼が明日、引っ越すって」
「……みぃちゃんって、呼ばないでよ」
「あ、ごめん」
苛立ちは徐々に増していく。
〈ありがとう〉が、すぐに言える優ちゃんが嫌だ。
〈ごめん〉が抵抗なく言える優ちゃんが嫌だ。
自分がすごく嫌な人間に思えてくる。
怒った顔を見せない優ちゃんが嫌だ。
私は部屋の隅のほうへ体を隠した。
きっと、今、とても嫌な顔をしているに違いないと自覚していたから。
「どうしたの?み、雅?」
優ちゃんがこっちへ向かってくる。
嫌だ、顔を見せたくない。