あやとり
婚約破棄
今年の春、桜の花びらが舞い落ちるなか、優ちゃんは田村智明という名の男性を家に連れてきた。
彼女が五年間もこの男の人と付き合っていたことを、両親も私もこの時初めて知った。
優ちゃんは五年前に家を出て一人暮らしを始めていたから、気付かなかったことも納得できる。
今思えば、お付き合いする人が出来たから、干渉好きの母から距離をとりたかったのかもしれない。
田村さんは容姿こそ直哉には劣るけれど、メガネが良く似合う高学歴で一部上場企業のサラリーマンだった。
優ちゃんとつり合う男性との結婚に両親は喜び、私は複雑だった。
結婚相手まで優秀で両親を喜ばすことが出来る優ちゃんに、またしても嫉妬していたのだ。
〈教えてあげられるあやとりじゃないのよ、きっと〉
もう十年くらい前のことだけれど、優ちゃんがポツリと零した一言がいまだに意味も解らないまま胸の片隅に存在している。
この男の人とは〈あやとり〉をしているのだろうか?
その問いは口には出せず、ただ優ちゃんの笑顔を眺めながら思っていた。