今宵は天使と輪舞曲を。
「愛おしいきみ。さあ、ゆっくり息を吐いて、息を吸うんだ」
ラファエルは彼女の気持ちを落ち着かせようと耳元で囁く。彼女は彼の言うとおりにした。彼女の体が彼女自身の言うことを聞くようになった時、馬から下りたキャロラインとモーリスはすぐ目の前にやって来ていた。
彼女の体がラファエルから離れると、あたたかな体温が消え、代わりに新鮮な空気が彼を包み込む。するとどうしたことか、まるで自分の心の一部をもぎ取られたような、どうしようもない空虚が彼を襲った。彼女を求めてうめきそうになる。
ここで何をしていたのかを父親に知られたくはない。とはいえ、モーリスにも男盛りの時期もあっただろう。それに今や三人の子供を持つ親でもある。彼女の表情を見ればふたりの間に何があったのかなんて一目瞭然だろう。それでもラファエルからそれを示すわけにはいかなかった。
「父さん、ミス・トスカを連れて先に屋敷へ戻ってほしい」
ラファエルはなんとかうめき声を喉の奥に押し殺し、父親に話した。加えてキャロラインは後で屋敷まで送ると告げた。
モーリスはラファエルの言葉に異存はないらしく、あっさりと頷き返すと、メレディスと彼女が乗ってきた馬を連れて行った。
メレディスと出会った当初よりも陽は少し傾いている。彼女といる時には発光しているように見えた穏やかな景色は、いつもよく見ている湖畔のものだった。
今やふたりきりになった湖の側で、彼は片方の眉尻を上げて妹の動向を見ていた。