今宵は天使と輪舞曲を。

 昨夜といい、なんて優しいメイドたちだろうか。ブラフマン家に仕える人びとは皆、とても気さくだ。

「ありがとう」
 本当はもっと感謝を口にしたいのに、胸に熱いものが込み上げてきて、それ以上は何も言えなかった。唇を引き結ばなければ泣き声を漏らしてしまいそうだ。メレディスの目尻に涙が溜まっていく……。

「わたしはメイドです。今は主よりお客様をもてなすよう仰せつかっている身。礼を言う必要なんてありません。ああ、泣かないでください」
 メレディスの丸まった背中をそっと撫でられる。そうすると、さらに涙が込み上げてきた。

「そうだ! 昨日は伯爵様やキャロライン様とご一緒に乗馬を楽しまれたんですよね?」
「ええ」
 目尻に溜まった涙を拭いながらメレディスが頷くと、ベスはいっそう明るい声を出した。
「でしたら良い場所があります。厩舎をずっと行った先に湖があるんですが、とても綺麗な眺めなんです。お一人になってしまいますが気晴らしにそちらへ行かれてはいかがですか?」

 ベスの言葉にふと彼女の脳裏に過ぎったのは太陽に照らされ、輝くばかりのターコイズ色をした湖だ。たしかにあそこはとても美しかった。キャロラインがいないのならこの屋敷に居ても仕方がない。だったらベスの言うとおり、湖でゆっくりするのもいいかもしれない。


「そうね、お言葉に甘えようかしら」

 けっしてラファエルに会うためではない。あくまでもベスの提案をのむだけだ。メレディスは自分に言い聞かせると、メイドの提案に頷き、例の湖へ出掛けることにした。





 《もっとも退屈な女性・完》
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