今宵は天使と輪舞曲を。

§ 09***宥め上手。






 目前にはターコイズブルーの湖が一面に広がっている。太陽に乱反射して光輝く水面はどんな宝石よりもずっと美しい。

 湖で昼食をするというベスの名案に従ってやって来たメレディスは、湖の美しさに心奪われ、ほう、とひとつ深いため息をついた。

 時折、どこからか吹くそよ風が悪戯を起こし、後れ毛を巻き上げる。悪戯好きの風は木々の葉を擦らせて耳障りのよい音楽を作った。天候が変わりやすいこの地域は、今朝も雨が降ったのだろうメレディスが呼吸するたびに濡れた地面から湿った土の香りと一緒に柔らかな空気が肺に染みこんでいく。
 メレディスは眼前に広がる光景をうっとりと見つめていた。

 そんな中でも頭に過ぎるのは、昨日口づけを交わしたラファエル・ブラフマンの顔だ。彼とのキスは完璧だった。――いや、ラファエルとのキスはいつだって完璧に違いない。すべてを包み込む力強い腕に、耳孔に響く甘い低音。彼との一時を思い出せば寒くもないのに震えてしまう。彼女の全身は彼を求めて熱を持つ。
 しかし彼は自分を利用しようとしているだけ。そこには愛なんていうものは存在しない。だって自分は、いくら貴族とはいえ名ばかりの没落した生娘。女性なら得られているはずであろう屋敷を管理するための教養も、知識も何も持っていない。メレディスができることがあるとすれば、デボネ家で残された僅かな賃金で培った家計の切り詰め方や掃除、洗濯といった家事ばかり。けれどもラファエルはそんなことを望んでもいないだろう。


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