今宵は天使と輪舞曲を。

 あれは気まずい雰囲気をなんとかやり過ごしたくてただ口をついて出ただけ。メレディスにとっては他愛のない昔話にすぎない。だからこそ尚のこと、ラファエルにとってはどうでもいい内容に違いない。

 それなのに彼は話の内容を覚えている。メレディスはまたもやラファエルの言動に驚かされた。

 それは昨日、この湖でメレディスが以前可愛がっていた愛馬の話に間違いなかった。彼はなぜクイーンの話を聞きたがるのだろうか。

 きっと会話の取っ掛かりを探しているだけ。他に意図はないわね、きっと。

 それなのに、ラファエル・ブラフマンは不思議な男性だとメレディスは思った。
 なぜだか彼とこうしているだけで心が安らぐ。彼は不思議な男性だ。メレディスをこの上なく落ち着かなくさせるのに、すべてを包み込んでくれるような力強さがたしかに存在するのだ。

「クイーンは牝馬(めうま)なの。今はどうなのかわからないけれど、わたしと出会う前、女主人の元で飼われていたみたいで、当時彼女は女性にしか懐かなかったわ」

 父が乗ろうとして大暴れした時もあった。あの時は必死にクイーンを宥めたっけ。それ以来クイーンの前での父はいつも以上に女性を讃えるようになった。

 懐かしい思い出がメレディスの胸を優しく包み込む。表情も綻んでいくのが彼女自身も分かった。

「父がクイーンに乗ろうとして暴れた時があったのよ。当時わたしはまだほんの一二歳だったの。しかも運が悪いことに、その場には幼いわたししかいなかったのよ。それでもなんとか宥めることに成功してほっとしたわ」


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