今宵は天使と輪舞曲を。

 ヘルミナはキャロラインが手にしている分厚い本を見るなり下唇を舐めて話を続けた。
「中でも好きな物語は……人魚のお姫様が王子様に恋をするお伽噺……」
 メレディスは自分の顔が強張っているのに自分でも気がついていた。

「ねぇ、ヘルミナ。貴女いったい何が言いたいの?」
 キャロラインは眉間に皺を寄せている。不快感を露わにしていた。

「二人ともおかしいわよ、そんな顔をしないでよ。わたしのお気に入りのお伽噺の題名を言っているだけじゃない」
 ヘルミナは大袈裟に肩を竦めてみせた。
 キャロラインはメレディスに目配せをしている。

「……だってメレディスはラファエルと何度も会っているし、傍から見ていてもあんなに仲が良さそうだったもの。物語とは結びつかないわよ」
 ヘルミナは目を大きく開き、首を左右に振ってみせた。
 彼女の言葉はメレディスを大きく動かした。
 時計を見れば、時刻は一五時を過ぎている。今ならまだラファエルは厩舎にいるだろうか。
 いつまでも待つのはもう嫌だ。
 彼から連絡がないのならば自分から会いにいけばいいのだ。どうしてこんな簡単なことも思いつかなかったのだろう。
 伯爵家に客人として招いてくれているだけで自分が尊い貴族だと思い込むなんてどうかしている。
 幸い今日はブラフマン夫妻は領民たちとの会合のため屋敷を留守にしていた。帰宅も遅いと聞いている。屋敷を出ても誰も怪しむ人間はいない。
 メレディスはドアノブを回すと、ラファエルに会うために書斎を出た。


< 229 / 348 >

この作品をシェア

pagetop