今宵は天使と輪舞曲を。

 彼女は元々不幸な身の上だ。自尊心は低く、他人を信じることもできない。自暴自棄にさせるのは容易い。だから不安になることを少しでも囁けば、すぐに一人になると思っていたが、まさかこんなにも上手くいくとはヘルミナ自身も想像していなかった。

 しかしほっとしたのも束の間だった。
 ヘルミナはキャロラインの行動力の早さを侮っていたのだ。
 それというのも、部屋の外が何やら騒がしくなったからだ。

「お嬢様、いったいどこへ向かわれるのですか?」
 メイドの声がする。彼女はたしか、メレディスのメイドとして世話役に選ばれたメイドだ。

「メレディスが屋敷を出て行ったのよ。お兄様に会ってくるわ」
 キャロラインがはっきりとした毅然とした態度でそう言った。
 ブラフマン伯や夫人が留守にしている今は彼女が主人なのだ。誰も逆らえるはずがない。そして彼女が迎えた客人が危険に晒されるのなら、それは彼女の責任でもあるのだ。

「今からでございますか? そもそもなぜ、ラファエル様にお会いになられるのですか? メレディス様とラファエル様にどのような関係がおありなのです?」

「関係なんておおありだわ! お兄様の愚かな行動でメレディスが屋敷から出て行ったからよ!」
 キャロラインの声は鋭く尖っていて、いつヒステリーを起こしてもおかしくない状態だった。ドア越しからでも怒っている様子が目に見えてわかる。

 ――これは大変だ。


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