今宵は天使と輪舞曲を。
「――わかりました。私もご一緒いたしましょう。馬車の用意をいたします」
胸元に忍ばせている懐中時計を見れば、時刻は夕刻18時を回っている。空は大地を分け隔てるようにして橙色の赤く燃えるような夕陽が広がり、天井は藍色に染まりつつある。
光輝く賑やかな都会とは違い、屋敷を取り囲むようにして存在する緑豊かなこの自然の中には動物たちの掟が存在する。ここは人間も暮らしてはいるが、動物たちの領域でもあるのだ。それに彼女はとにかく焦っていて、いくら自分が宥めたところで気持ちは治まらないだろう。主人から留守を任された今、采配をしなければならないのは家令の役目だ。
彼女を落ち着かせる唯一の解決方法はただひとつ。
彼はメイドたちに目配せした。万が一に備えて警察に連絡することを決意した。同時に御者に馬車を出すよう指示を飛ばす。
「この時分に屋敷を出られたメレディス様も心配です。ベス、警察に連絡を――」
「そんな、あの子なら大丈夫よ!」
家令の言葉にヘルミナは狼狽えた。まさかメレディスのためにそこまで動く人間がいるとは思ってもいなかったからだ。
これではますますこちらの分が悪くなってしまう。どうにかして警察が動く前に事態を収集しなければならない。
「どうして大丈夫だなんて言い切れるの?」と、キャロライン。
そのキャロラインに、ヘルミナは胸を張って答えようとした。
しかしなぜだろう。いつも母親と姉が言っている正当な発言がここの人間を前にすると言いにくくなってしまうのは……。