今宵は天使と輪舞曲を。

 背後を振り返れば大きな影はこちらに照準を合わせている。後ろ足を蹴り上げ、獲物を仕留める準備に入っているような素振りを見せていた。

 逃げ切れる自信がない。あの立派な鋭い牙の餌食になるのは時間の問題だ。メレディスは悲鳴を上げた。

 巨体が恐ろしい速さでこちらへ突っ込んでくる。メレディスの脳裏に死が過ぎる。
 最中、耳を劈くほどの大きな銃声が聞こえた。
 耳を劈くほどの銃声と猪に襲われる恐怖で目を閉じ、地面に蹲る。けれども痛みは感じなかった。猪の気配さえも近くに感じない。
 恐る恐る目を開けると、大きな猪が去って行く姿が見えた。

「助かった、の?」
 いったい自分の身に何が起きたのだろうか。

 メレディスは乱れる呼吸をそのままに、走り去って行く猪をただただ見つめていた。
「メレディス、君かい? 無事か!?」

 聞き覚えのある声にメレディスははっとして視界を上げると、柔らかな光が目に入ってきた。
 そこには馬に乗ったラファエルがこちらへ駆けて来る姿があった。

「ラファエル!!」

 ラファエルは馬から下りると蹲っているメレディスに駆け寄った。
「ラファエル! ラファエル!」

 ――彼は来てくれた。
 何よりもそのことが嬉しくて、彼女はラファエルに抱きついた。

「無事か? 怪我は?」
「ないわ、平気よ」
 訊ねるラファエルにメレディスはすすり泣きながら答えるものの、それでも彼は疑いにかかる。
 首筋や腕に傷がないか、メレディスの体にさっと目を配らせた。


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