今宵は天使と輪舞曲を。
しかし、これはラファエルの憶測でしかない。証拠は何もないのだ。
「ぼくの思い違いならいいんだが――」
ラファエルは自信なく、小さく頭を振った。
「お前は今回の事件と彼女と関わりがあると思っているのか?」
「――わからない。だから少し、彼女の話を聞いてみようと思ったんだ」
何か有益な情報が掴めれば良いのだが、いかんせん彼女は心に深い傷を負っている。自分の聞き違いでなければたしか昨夜、彼女は男二人組に体を触られたと言っていた。きっと思い出したくもない出来事だろう。
机に置いた右手に拳が作られる。ラファエルは自分でも眉間に深い皺が刻まれているのを感じた。
「ラファエル、暫く見ないうちに少し変わったな」
思いもしない兄からの言葉にはっとして顔を上げると、グランは続けた。
「――いや、頼もしくなったと思ったんだ」
ふたたび静寂が宿った書斎のドアを叩く音がしてラファエルが返事をした。
彼女だ。
ラファエルの返事を合図にノブが回される。軽い金属音と共にドアが開いた。
やはり昨夜の出来事が尾を引いてあまり眠れなかったようだ。俯き加減でも顔色が悪いのは見て取れる。本来澄んでいるはずのグレーの目は陰りがあり虚ろだ。表情や仕草のすべてが苦しみを表していた。それでも彼女の美しさは変わらない。
今朝の彼女のドレスはキャロラインが選んだのだろうか。メレディスの目の色と同じグレー色のドレスのセンスは抜群だ。