今宵は天使と輪舞曲を。

「グラン様!」
 エミリアは逃すまいと馬に引き摺られるようにしてグランを追う。まるで自分が彼に求婚を迫る勢いだった。

「いくら母親だからって当事者よりも追いかけ回すのってどうなの……」
 滑稽よね、とキャロラインは小さなため息をついた。呆れてそれ以上の言葉も出ない様子だ。

「ちょっと待って? 貴女の馬はその馬なの?」
 呟くように話すジョーンの声はとても小さい。声に振り返ると、見事落馬したのか、小さな歩幅でやって来ていた。

 彼女の顔色が悪い。それはどうやら口調からして、落馬したからでもグランを追い損ねたという理由でもないようだ。
 いつもの勝ち気な彼女らしからぬ様子にメレディスは嫌な予感が過ぎった。

「いったい何の話をしているの?」
 メレディスがジョーンに尋ねるのとほぼ同時だった。突然カインが嘶き、大きく走り出したではないか。背中にはラファエルが乗っていた。

 彼の短い声と共にカインはあっという間に走り去っていく。

「ラファエル!」
 何か様子がおかしい。
 キャロラインが驚き、彼女の愛馬も嘶き、仰け反る。

 キャロラインは牝馬に落ち着くよう手綱を持ち、御者も宥めるのに必死だ。
 たしかカインは温厚で冷静な馬だとラファエルから聞いていた。
 その馬が急に走り出すなんて何かがおかしい。
 手を添えなくとも首筋に流れる頚動脈がどくどくと音を立てて流れているのが分かった。

「ジョーン、貴女ラファエルの馬に何かしたの?」


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