今宵は天使と輪舞曲を。

§ 09***宿縁。




 ――この僅か数分の間でいったい自分の身に何が起きたのだろうか。
 突然荒れ狂ったように走り出した愛馬から振り落とされないよう必死にしがみついていたことしか記憶にない。

 気が付けばラファエルは地面に倒れていて、メレディスが抱き起こしてくれていた。

「ラファエル! 無事だったか!」
 兄の声に我を取り戻したラファエルは、血相を変えて馬から下り歩み寄るグランの姿に驚いた。

「ぼくはいったい――」
 何が起きたのだろうか。

 カインに振り落とされて転んだ拍子に軽く頭を打ったらしい。ほんの少し痛みが走った。

「それくらいで済んで良かった。彼女のおかげだな」
「それはどういう……」
 どういうことかと顔を顰めるラファエルだが、右側から冷たい風が吹き上がってくるのを感じた。嫌な予感がして何気なく見下ろした瞬間だった。ラファエルの全身の毛が逆立ち、恐怖を訴えた。
 ほんの少し足場から覗き込めば道はない。切り立った崖が口を開き、ラファエルを呑み込まんとしていた。

 ――この崖から落ちればひとたまりもない。

「彼女が――いや、彼女たちが君を助けたんだ」
「彼女……たち?」
 グランの言葉を反芻し、兄の視線を追えば腕の中で未だ涙を流すメレディスとカインに寄り添うミルク色の牝馬、クイーンの姿があった。

「メレディスとクイーンが助けてくれたのか……?」
 ラファエルは泣き崩れるメレディスをしっかりと抱き留めながら見るもおぞましい光景に改めて恐怖を感じ、そして自分が今生きていることに改めて感謝した。


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