今宵は天使と輪舞曲を。

§ 10***奪われた時間。





 頭上にあった眩しいほどの太陽は傾き、陰りを見せていた。
 一足先にブラフマン邸に戻った一行は玄関ホールに佇んだまま動かず、ブラフマン家全員の帰りを待っていた。

 いったい誰がこうなることを予測していただろうか。家族揃って楽しい乗馬をするはずだった時間はラファエルが乗っていた馬が突然暴走し、楽しいひとときのすべてが奪われてしまった。それどころか、こうしている今もラファエルの命が危険に晒されている可能性があって、もしかするともう命を落としている可能性だってあるのだ。

 その場に居る皆は不安と悲しみでいっぱいだった。キャロラインは執事に宥められながら唇を引き結び兄が無事であることをひたすら祈り続け、ジョーンは罪悪感から項垂れ、エミリアはこの世の終わりだとヒステリーを上げる。ただひとり、ヘルミナただひとりを除いては――。

 口元を隠していた彼女だが、その袖の下にある表情は笑みさえ浮かべていた。
 だってこうなるように仕向けたのは他でもないヘルミナ本人だったからだ。これで晴れて自分はデボネ家に戻り、社交界に返り咲くことができる。そうして彼と逢瀬を繰り返し、世間に公認されて結婚するのだ。ヘルミナは笑みが漏れるのを防ぐのに必死だった。
「きっと大丈夫よ」
 ヘルミナは、明るい表情になるのをなんとか誤魔化して口をへの字にする。本心とは真逆の科白を並べ立て、キャロラインを宥めた。
「見ろ! 君の妹さんとぼくのボスが帰ってきた!」
 押し潰されそうなほど重い沈黙が広がる中、馬丁は唐突に声を上げ、ヘルミナの手を引いて外へと飛び出した。


< 349 / 358 >

この作品をシェア

pagetop