今宵は天使と輪舞曲を。

 両親の思い出は日に日に霞みがかっていく……。

 形見の品のすべてが手から零れ落ち、何もかもが消えていく……。



 形ある物はいずれ壊れてしまう。それでも、メレディスは何かひとつだけでもいいから両親と過ごした思い出の品を持っていたかった。

 そう思ったのは他でもない。叔母たち従姉妹から虐げられ続けた心が絶望で覆い尽くされ、過去の出来事のすべてを何も思い出せなくなってしまうのが怖かったからだ。

 現に休む暇もなく働き続ける生活に追われているメレディスは両親の顔すら思い出せなくなっていた。

 このままでは生きた屍になってしまうのではないかと思うほどに……。


 それでも、メレディスはデボネ家から出るという選択肢はなかった。先立つものがない自分はたった一人、外で生きていく自信がなかった。少なくとも自分にはそんな勇気はない。

 意気地なし。
 愚か者。

 自分にはその言葉がとても似合っているように思える。こうやって一生、身を粉にして働き続け、やがて孤独に死を迎える運命にあるのだろう。



「ああ、お父様……お母様……」

 せめてもう一度、両親の顔をはっきりと思い出せたならどんな孤独にも耐えてみせるのに――。


 ぽたり、ぽたりと頬から顎に向かって伝った雫が握り締めた両手の甲に落ちていく……。

 冷え切った体が確実に体温を奪う。


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