今宵は天使と輪舞曲を。
三〇半ばを迎える彼は、未だ独身を貫いている。彼もまた、ラファエルたちブラフマン家同様に社交界で注目を浴びているひとりだ。
「こちらこそ、お招きいただき光栄です」
グスタフ伯から差し出された手を取ったモーリス・ブラフマンが挨拶を交わす。会場にいる誰しもが今だけは彼らに釘付けだった。
貴族たちの視線から逃れられたラファエルはこれ幸いと、この機会を利用することにした。これでようやくミス・トスカに近づける。
ラファエルはワインが入ったグラスをトレイに乗せて運んでくる給仕係の数々を巧みに交わしながら、壁際にいる彼女へと向かう。その中で先に動く輩がいたのを見た。
ルイス・ピッチャー男爵だ。たくましい肉体美を持った威圧的な彼の外面も内面と同様だろう。図々しくも彼女の目と鼻の先に立ち、豊かな黒髪を後ろに撫でつけながら、うっとりと見下ろしている。彼もまた、メレディス・トスカという女性がどれほど美しいのかを知っているのだ。
おそらくピッチャー男爵は彼女を前にして優越感に浸っているに違いない。
先を越されたラファエルは苛立ちを隠せない。胸の内でピッチャー卿を罵るラファエルは二人の会話が聞こえる程度に移動すると、彼を殴り飛ばしたい気持ちを押し殺すために拳を作った両腕を組み、柱に寄りかかった。
「やあ、ラファエルじゃないか」
ミス・トスカとピッチャー卿の様子を窺うラファエルだったが、またもや邪魔者が現れた。