今宵は天使と輪舞曲を。
「――だろうね、ぼくが女性でもあんな男はごめんだ」
彼の手は未だメレディスの背中を撫で続けている。話しかける声もまた、腕のぬくもりと同じで優しかった。
そして次の瞬間、彼の手が止まった。
「もし君が激怒していなければ、今頃はピッチャーの長い鼻をへし折っていたところだ」
ラファエルの声音は今まで以上に低かった。メレディスが何事かと顔を上げると、彼の目の下には濃い影が落ち、薄い唇がへの字に曲がっている。
照明が薄暗いから余計にそう思わせているだけなのかもしれないが、彼はたしかに怒りを露わにしていた。
彼はなぜそんなに激怒しているのだろう。
メレディスはラファエルの感情を露わにした姿に驚きを隠せなかった。だって彼にとってメレディスは赤の他人だ。ルイス・ピッチャーが侮辱したのはメレディスであってラファエル・ブラフマンではない。これほどまで親身になって思ってくれている人間は両親の他に見たことがなかった。
だからだろう。ラファエルのおかげでほんの少し冷静さを取り戻したメレディスは小さく首を振った。
冷静になればその分、虚しさが増す。メレディスは深いため息をついた。
「……仕方がないのよ。だってわたしは両親を失った没落した貴族の成れの果てだもの」
それは親戚の仕打ちに耐えるため、メレディス自身が普段から言い聞かせている文句だった。両親は他界してしまったし、叔母たちはメレディスを邪魔者扱いする。