10月の雨
 直人との出会いは平凡だった。いわいる社内恋愛だった。ただ少し他の人と違ったのは私が全く男性経験がないことくらいだった。何もかもだ。
男性と手を繋いだことさえなかった。初めてのデートで直人の華奢な手に触れた時は血が止まったように硬直した。彼もまた汗ばんだ手をさすりながら
「大丈夫だよ」
そういった彼。そんな優しさに魅かれ、私たちは一緒になった。
 
 意識が朦朧としながらも何か聞こえる。
サイレンの音だろうか?強烈に右手がしびれている。さっきまで感じる事のなかった寒さが私を襲う。近くに人の気配を感じると同時に暖かい手に包まれる。近くで男性が何か言っている。
「大丈夫ですか?ご自分の名前言えますか?」
その男性は私の肩を持ち上げ続ける。
「あなたの名前を教えて下さい。」
少し考えこんで言った。
「寒い、寒いです。助けて」
そう告げるとさきほどとは違う声で
「もう大丈夫だよ」
と私の手を強く握りしめながら毛布のようなもので包まれた。
私は理解した。
死にきれなかったのだ。
恐怖が今になって襲ってくる。
痛いというよりは怖かった。そして苦しい。
ナイフで切ったのは手首なのに、胸を切り裂かれたように胸が痛む。
男性が無線で何か言っている。痛みに身を任せていると今まで感じていた揺れがなくなる。車が止まったようだ。後ろのドアが急いで開けられ、タンカに移される。病院に着いたようだ。
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