大江戸妖怪物語
「・・・意外だな」
「何が?」
雪華は桐の箱を絹の布で包む僕を見ながら言う。
「お前のようなヘマ野郎がこんな一丁前の刀を作れるとはな」
「ヘマ野郎は余計だと思うが」
すべて布で包み、僕は机に突っ伏した。その瞬間眠気が襲ってくる。しかし食欲も襲ってくる。
「料理できたわよー。神門、寝てるの?」
母さんが料理を運んでくる。僕の中の睡眠欲と食欲の二大欲望がお互いを攻めている。
「食べるよォォォ」
「神門、お前ゾンビみたいになってるぞ。白目剥いてる」
「ゾンビ?!確かに悍ましい容姿だったけども!!」
母さんはピーマンの肉詰めを持ってきてくれた。あまりピーマン自体は好きではないが、文句を言ってる場合ではない。食わなきゃ、死ぬ。
僕の食欲が勝った。一心不乱に貪る。
「神門、その食い方してる奴見たことあるぞ」
早食いしている僕に雪華はボソッと呟いた。
「餓鬼道にいたな」
「僕は餓鬼道レベルまで堕ちた人じゃないです」
肉詰めを食べ終わり、一腹する。
すると誰かがコンコンと玄関の扉を叩いた。
(お客さんかな?)
僕が扉を開けると、そこにはアズ姐が立っていた。
「アズ姐?なんで家まで・・・」
「あら~、小豆さん来てくださったんですか~!」
母さんが僕を突き飛ばし、アズ姐に話しかけた。
「ゲホッ・・・母さん!」
「小豆さんたら、わざわざうちの息子を心配してくださって」
母さんに無理矢理立たされ、お辞儀させられる。
「・・・どういうことなの母さん?」
「そうね~、あ、小豆さん上がっていってよ!ロクなものはないけど」
「おじゃまします」
アズ姐は家に上がる。こうやってアズ姐が家に来たのは何年ぶりだろうか。確か僕が刀作りの修行から戻った時だった。たしかその時のアズ姐は・・・。
(・・・あれ?その時のアズ姐ってどんな顔してたっけ?)
その時を思い出そうとしてもあまり明確に思い出すことができなかった。記憶の中にあるアズ姐の顔は、ノイズがかっていた。
(この前と同じように・・・)
この前とは神社でのことである。
「一昨日小豆さんに会ってね、『神門が引き籠もりになっちゃって・・・』て言ったら心配して見舞いに来てくれてのよ」
「母さん、僕は引きこもりじゃない。引きこもって刀を作っていたけれども、人生にそこまで嫌気さしてない」
「神門くんてば、ニートになってはダメよ」
「ニートとは一言も言ってない!」
「そうそう、ケーキ持ってきたんです。よかったら食べてください」
「あら、悪いわねー!」
母さんはホールケーキを取り出し、四等分に分ける。
「あ、私の分は結構ですよ?」
「いやいや、小豆さんも一緒に!」
取り分けたケーキを皿に分ける。甘いチョコレートの香りが食欲を刺激する。
甘いものは別腹だ。
「いっただっきまぁーす!・・・んー!!!絶品!最高!三ツ星!」
ケーキは程よい甘さで、いくらでも食べれる。中に入っている、苺が甘酸っぱくて、生クリームがクリーミィ!」
「うむ、うまい」
雪華も食べている。相変わらずの無表情だったが。
「そうだ、神門。お前、甘深楽に挨拶しに行くと言ってたではないか。今のうちに用を済ませておけ」
「あ、うん。忘れてた」
「私に何か話?」
「そう。実は、少しの間、江戸を離れることになったんだ」
「・・・?!・・・江戸を?!」
アズ姐は手を口に当てて、信じられないという表情をしている。
「あ、でもちょっとだけだから。刃派も少しの間だけ休業する予定。ちなみに出発は明日」
「明日って・・・。・・・どこに行くの?」
「上野の国」
「そんな遠くまで・・・」
「そんなに心配しなくても、死ぬことはないって。無事に帰ってくるから」