大江戸妖怪物語
僕はまた一口ケーキを口に運ぶ。
「だからちょっとだけお別れだけどね。お土産も買ってくるから」
「アホかお前は。行き先は山奥の村だぞ。土産どころか、売ってるものもないわ」
雪華が一瞥しながら僕に言う。
「山奥の・・・村」
アズ姐はぽつりと呟く。
「・・・ごちそうさまでした。明日出発なら長居をしちゃいけないわね!じゃあ、神門くん、いってらっしゃい!」
アズ姐はそう言うと玄関から出て行った。
「・・・ふわあ・・・。よく食べた。雪華、僕寝るね。あ、それと母さん。僕が上野の国に言ってる最中に刀を受け取りに来る人がいると思うから、よろしく。それじゃあ、おやすみなさい」
そういうと自分の部屋に行き、布団に入る。瞼を閉じた瞬間、一瞬にして夢の中へえ引きずり込まれる。気を失うように僕は眠りについた。
――――――
「さっさと起きろ。この野郎」
「うぎゃ!」
翌朝、雪華の蹴りと罵声で、僕は気持ちのよくない朝を迎えた。
「先程から幾度も起こしているだろう。また長期にわたって眠るつもりか」
「うぅ・・・。ごめんなさい・・・」
「さっさと旅支度をしろ」
僕はのそっと起き上がり、歯ブラシやタオルなど必要なものを風呂敷に詰めていく。
居間では雪華がムスっとして待っていた。
「・・やっときたか。ではこれから冥界に荷物を取りに行く。ついてくるか?」
「え?冥界ってところに行けるの?・・・僕死なないよね?」
「大丈夫だ。死ぬことはない。まあ邪鬼退治をしているのだから、一度くらいは冥界に訪れるのも大切だ。鏡はあるか?」
「鏡?んまあ、全身鏡ならそこの押し入れの中にあるけど・・・」
雪華は押し入れを開き、鏡を出した。さらに雪華は自らの手鏡をその鏡に向けた。すると突如、全身鏡が光りだした。
「ま、まぶしいいいいいい!!!」
やっと鏡から光が消えたかと思い、全身鏡を覗く。しかし、そこにあった光景に僕は度肝を抜かれた。
「ななな、なんじゃこらああ?!」
全身鏡の奥、その中には身に覚えのない宮殿のような建物の内部が映し出されていた。
「これが冥界・・“あの世”への入り口だ。」
「え、ええ・・・・ええ?!」
「行くぞ」
「ちょ、雪華ってば!」
雪華は何食わぬ顔でその中へ入っていく。僕も恐る恐る後を続く。
「・・・黒ッ・・・」
先ほどみた宮殿の内部。その中に僕と雪華は立っていた。人の気配がない。・・・いや、この世界・・・冥界にいるのは死者ばっかだし、人の気配がないのも当然なのだが・・・。
しかし、雪華は動じずに廊下を歩く。
「ねえ、雪華は怖くないの?」
「何がだ?」
「この場所がだよ!だって、なんか黒で統一されてるし、・・・窓の外見てよ」
廊下の大窓の外には目を瞑るような光景がそこにあった。
猩々緋の色の池。針のように尖った山。あちらこちらに見える業火。
宮殿ははるかに高いところにあるため、ほかに何があるかはわからないが、これは確認することができた。
そして常にBGMのように流れてくるのは叫び声。
「なんかラスボスとかの城じゃん。もうやだ、来るんじゃなかった」
「別に怖くはない。ここに閻魔王様は住まわれている。私は閻魔王様直属の部下だ。この宮殿など庭に過ぎぬ」
(そっか、雪華にとってみれば、ここはこれが当たり前の世界なのか)
ちょっとだけ価値観の差が発覚した。
「そこの突き当りの部屋に荷物が置いてある」
指差した先には、大きな木の扉。ギィィィ・・・と不快な音を上げて扉はあく。