大江戸妖怪物語
さっきまで寒かったのに、一気に熱くなってきた。別に気温が暑くなったとかじゃなく、体の芯から火照ってくる。
雪華「・・・油断するなよ」
雪華が僕に腕組みしながら話しかけてきた。
雪華「彼女が味方であるとは限らない。・・・お前に好意を寄せてきた者どもを思い出せ。絡新婦や目玉しゃぶり、碌なものがおらぬだろ」
雪華は溜息をついた。その息が白く光る。
しかし、僕の心には反抗的な気持ちが目覚めた。
神門「なんで雪華がそういうこと言うの?」
雪華「だから、お前に好意を寄せる者は・・・」
何故だろう、イライラが収まらない。第一、誰が僕に好意を寄せようと自由なはずだ。
神門「これは僕の問題だから・・・。雪華は関係ないでしょ・・・」
僕は雪華から視線を外しながら言った。初めて雪華に対して反抗的なことを言った気がする。
雪華は不満そうな顔をしつつ、その件については何も話さなかった。
雪華「それで、民宿というのはどこにあるんだ?」
神門「・・・多分、もうすぐそこじゃないかな。ほら、あった」
僕が見つけたのは、「尾石荘」という建物があった。少し雪が降り積もった看板に、文字が垣間見える。
少し寂れているが、とても情緒がある。
雪華「趣深いな」
神門「お、『おいしそう』って・・・。明らかに掛けてるよね・・・」
蓑を脱いで引き戸を開けると、巨大な檜の丸太や、『尾石荘』と大きく筆で書かれた板など、重厚感たっぷりの内装だった。僕が騒然としていると、中から女将のような人が出てきた。
女将「あらあらお客さんじゃないか。いらっしゃい。今日は繁盛だね」
髪を後ろに結い合わせた女将は恭しくお辞儀をした。
雪華「すみません、部屋は空いていますか?」
女将「はいはい、一室だけね・・・。でも、ちょっと問題があるんだよ・・・」
女将さんは僕らを部屋まで案内した。
女将「隣の部屋なんだけども・・・少し騒がしくてね。我慢してくれるなら・・・」
確かに廊下にいても聞こえるその声。僕は隣の部屋の障子が開いているのに気づき、中をチラリと覗いた。
すると中にいたのは、さっき見たあの人たちだった。
神門「雪華、ねぇ・・・さっきの」
雪華「なんだと?」
雪華も障子から覗いた。
雪華「さっきの奴らだな・・・」
女将「すまないね、我慢してくれるかい?まったく、大の大人が・・・」
女将さんはブツブツ文句を言いながら去って行った。