桜花~君が為に~

烈に名前を呼ばれた気がして
悠輝は後ろを振り返った
しかし、そこには誰もいない

庭に立っているのは自分ひとり

「空耳か…」

ほっと安堵の息を漏らした
山南が亡くなって早二ヵ月半が経つ

隊士が増えた為
新撰組の屯所は西本願寺へと移された
広い屯所は二月経ってもまだ慣れない

今日は近藤が呼んだ医師
松本良純順により、健康診断が行われている

さすがに男装しているとは言っても
元は女の身の悠輝は隊士と共に健康診断を受けるわけにいかず
一人暇をもてあましていた

「あれ?沖田さんと…松本先生?」

こちらに歩いてくる二人の姿
その二人の表情が嫌に真剣で
悠輝は物陰に身を隠した

「夜中に咳をして目覚め
微熱が続き、食欲がない…」
「はい」

どうやら悠輝の存在には気づいていないらしく
二人は話し始めた

「単刀直入に言わせてもらう」

一陣の風が吹いた
沖田はなびく髪を抑え
まっすぐに松本を見る

「君の病は、労咳だ」
「―――…っ」

その言葉を聞いて
悠輝は絶望に似た感情に包まれた
声を上げてしまわないように口元を両手で押さえる
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