桜花~君が為に~


廊下の角を曲がったところで悠輝は歩みを止めた。
そして、数秒後…

「ゴホッ…ゴホッ」

沖田の咳き込む声が耳に届く
何度も何度も彼は激しく咳き込んだ。

――…出て行っちゃ、駄目だ…

ぎゅっと拳を握り唇をかみ締め
今にでも飛び出したい自分を押さえつける。

傍に行きたい
彼の背中を撫でてあげたい
先刻彼が自分にしてくれたように
でも、自分にそんな権利はなかった。

彼は人に弱みを見せることを極端に嫌うから

「ケホッ…ゴホッ…」

沖田の咳は段々とその感覚を短くし
やがて、止まった。

後ろから、どんっと誰かが床を拳で殴るような音が聞こえ
「くそっ」と苛立ちと悲しみを含んだ沖田の声が廊下に響く

「何も、出来なくて…すみません」

沖田に気づかれないように悠輝はそう小さく呟いてから
ゆっくりと、物音を立てぬよう
悠輝はその場を後にした。
当初の目的通り、調理場へと歩みを進める。


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