桜花~君が為に~

第十六話


散りゆくもみじが
何処か儚くて…


悠輝がいなくなり
咳が治まってから沖田は一人空を見上げた。
雲ひとつない空に
幾千もの星と、それらを見守るようにして光る月

「…君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」

その言葉は何処か憂いを含んでいて、今にも消えてしまいそうな頼りのない音だった。
月を見る瞳が微かに細められた時
後ろからきしっと床がきしむ音が聞こえた

「『あなたに一目でも逢えるのであれば、
自分の命などどうなってもよいと焦がれておりましたが
いざ望みがかない逢うことができますと
惜しくもないと思った命さえ、これからは永久に長くあって欲しいものだと思うのです。』」

よく知った声が響いた
声の主を確認するために沖田はゆっくりと後ろに視線を向ける。

「ですよね、沖田さん」

其処には自分が頼んだ茶を持った悠輝の姿があった。
句の意味を沖田に確認しながら
彼女はお茶を渡し、沖田の横に腰を下ろした。
沖田は「そうだよ」と言ってから悠輝から渡された茶を飲む。

人肌程度の温かさの茶。
それが沖田の好む茶の温度だった。
悠輝は沖田の好みの茶の温度だけでなく
新撰組隊士…それこそ、平隊士から幹部の全員の好みの茶の温度を把握していた。

「この句、すごく同意できるんだ」

お茶を膝の上で両手で包みこむようにして持ち、沖田はそう呟いた。
その言葉の意味がわからず悠輝は「どういうことですか?」と、問いかけた。

すると、沖田はお茶に向けていた視線を再び空へと向ける。
もたれている柱に完全に身を預け、瞳を閉じる。
そんな彼の様子を悠輝は何処か不安そうな顔で見つめていた。
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