空耳此方-ソラミミコナタ-

「ずいぶん手荒な歓迎じゃん。どしたの?」

朋恵は壁に寄りかかり、腕を組む。

「鹿沢克己になにしたの?」

「克己さん? 何もしてねーよ? ただ知り合ってちょっと助けただけ」

「はぁ?」

いきなりこんなこと聞いてきてはぁ?と言いたいのはこちらなのだが。
だが一応相手は刑事。文句を飲み込み、かいつまんで事情を話した。

「なるほどね……」

「ともちーはこんなことで何してんだ?ここは管轄からだいぶ離れてるよな?」

あからさまに嫌な顔をして舌打ち。
どうやら刑事さんは不機嫌なご様子だ。
迷っているのか、少し口を動かしてから朋恵は大きくため息をついた。


「私の父も…警察の人間で、ちょうど私の部署の上司にあたるんだけどね。いきなり休暇を出されここに行けって言われたのよ。
何なんだか知らないけど、せっかくの休みだからバカンス気分で来てみれば──鹿沢克己がお忍びで旅行なんか来てるわ、怪我してるわ、あんたには会うわ……」

炯斗は怪訝な顔で首を捻った。

「さっきも思ったけど……克己さんって有名人なのか?」

朋恵はフン、と鼻を鳴らして炯斗をにらむ。

「知らないの? そっちのが驚きよ。つい3年前までは参議院議員だった人よ」

「マジで!?んじゃテレビとか出てた?」

「さあ? 内閣には入ってなかったし、質疑応答にもそんな出てなかったからね…見た感じ前に出てくるタイプじゃないし、知名度は低かったかもね」

「へぇー」

炯斗が頷いて首をふる。その時、誰かが叫んでいるのが耳に届いた。

「とーもーえー?どこー」

「あ、ヤバ!郁美おいてきちゃったんだった!」

朋恵が身体を起こし、もと来た道に足を向ける。
行こうとして、止まって炯斗を振り返った。

「もうすぐ夕食らしいから、あんたも早くしなよ」

それだけ言うと、彼女は友のところへ小走りに駆けていった。




< 142 / 374 >

この作品をシェア

pagetop