空耳此方-ソラミミコナタ-
「炯斗くん」
「ん?」
「私たちも行きましょう?」
「…ああ…」
返事はするが、体の方はすっかり重くなり、動かせる気がしない。
一向に何もしない炯斗のそばに、言乃はかがみこんで尋ねる。
「後悔…してますか?」
「…少し……こんなの…見えなくていいから、警察かなんかが見つけてくれれば…」
探していた。
でも、見つけたかったのは、こんな結果じゃない。
谷を覗き込んだ時の光景は忘れられない。
岩肌に文字通り異色の物体。
もはや、同じ人間だったとは思えない程。
肉体を中心に無造作に飛び散った赤黒い液体。
不自然な方向に捻じ曲がった足。
表情がわからなかったのがせめてもの救いかもしれない。
谷底を見下ろす程度ではそこまでは遠過ぎた。
「炯斗くん」
今度は言乃の顔を見た。言乃の今までにも増して真剣な瞳が突き刺さる。
正直、背けたい。でも──出来ない、そむけてはいけない。