空耳此方-ソラミミコナタ-
一人話についていけてない郁美は、机の資料を手に取った。
「何なに? 村木梓
村木玲子(旧姓・瀬)の養子であり、高校を出ると介護師の免許を取り、体の弱い義母・玲子の介護にあたっていた。15年前に起きた、村木玲子殺害事件における犯人の最有力候補。証拠不十分で逮捕には至らなかったが、この事件が原因で世間から親殺しとして、激しい誹謗・中傷を受け、自殺したと見られる。発見された遺書にも『もう耐えられない』などの文面がある」
声を出して読み終えた郁美は炯斗を見る。
彼はすっかり項垂れ、眉間に深いシワを寄せていた。
「アズサさんが……玲子さんの事件の…?」
『その女はな、克己の部下に金を掴まされてやったんだ!!』
昨夜の透の言葉がよみがえる。
食中毒の刺激による発作。
介護をしていたのなら、確かに仕掛けることは容易だろう。
だが…
「そんな人に見えねぇって……」
「…あんたも、鹿沢克己のことについては調べたのね。そうよ。その渦中の人物、村木玲子を殺したとされるのが、この彼女。警察は今も彼女が犯人としてみてる。
本人が亡くなってしまった以上、確かめようはないのが残念だけど」
「……」
「さらに、島の利権についてだけど。介護が必要なほど衰弱した玲子の代わりに彼女が作業を引き継いでいるわ」
「!!」
透の言葉が、いっそう強く突き刺さる。
「昔からの知り合いである鹿沢と玲子が気づかなかったのは、恐らくこのせいね」
アズサが玲子を殺した。
それが本当に真実なのだろうか?
本当に金のためだけに人を殺せるのか?
炯斗の頭の中で悶々と回る。
そんな炯斗に、ずっと資料を見ていた郁美が口を開いた。
「本当にこの子が殺した…私にはそう思えない」
「え?」
炯斗はふっと顔を上げる。
その混乱に揺れる目をまっすぐ見つめて郁美は言った。