本と私と魔法使い
お父さんは、仕事第一主義のバリバリの営業マンだ。家に帰らないのが大半で、私たちもそれを認めていた…。仕方ないことだと。

私が中1の時だった。
お父さんの背広から普段は匂わない香水がつき始めたのは、あの頃だろうか。

「…あの、裕司さん…」


甘ったるい、女の人の声が電話口から聞こえる。

「あの、どちら様ですか?」


え?と少し狼狽えてから、小さく女の人が息を飲んだ。

「お父さんに何か用ですか?」


あの時の私は驚くほど冷静だった。
今思えば、お母さんの心配そうな横顔だとか、いつのまにか増えたため息だとかでなんとなく感づいていたからだろう。


「あ、あたし…」
「会いませんか?母には言いませんし、…今だったら」


ちょっとした脅しのつもりだった。焦ったように震える声で、いつだったら?と聞いてくる。

「いつでも」


女の人はじゃあ、と日付と時間を言ってすぐに電話をきった。


―…
――…
―――…
―…


「…サリサ様ーっ、どこにいらっしゃるんですー?」
屋敷の外に出て、アイリスはきょろきょろする。


「ここよ?アイリスったら、ちゃんといるでしょ」


そう言って、庭の木のかげからサリサが顔を覗かせた。この辺一帯の土地を治める貴族の屋敷にサリサとアイリスは住んでいた。

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