憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
力の入らない掌から、握っていたはずの原付の鍵がするりと抜け落ちた。
―カツン!
廊下に、高い音が響く。
……しまった!!
そう思うよりも早く、「誰!?」と室内から多恵の声が返ってきた。
どうしよう。
ザァッと自分の顔から血の気が引くのがわかる。
その時だった。
尚が、あたしの肩を押して、窓から見えないようにしゃがませる。
「そこにいて」
何も出来ずに、震えるだけのあたしに尚は言った。
いつも感情を映さない、その黒曜石のような瞳に、確かに灯る光。
こんな彼を、初めて見た。
尚は、なんの躊躇いもなく、研究室の扉を引き、その中へと入って行った。