憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
「そうだけど」
疑いの目を、向ける。
聞いた事がないし、見た事もない。
これだけのルックスを持つ男だ。一度見れば忘れるはずがないし、噂だって流れるはずだ。
なのに、あたしは今日この男を初めて見たし、名前だって知らない。いくらこの大学がマンモスだからって、そういう噂はあっという間に広がるものだ。
あの千秋でさえ、この学校では有名なのだから。
どこがいいんだろう。
あいつ、小学一年生までトイレに一人で行けなかった甘ったれなのに。お化け屋敷で、あたしを置いて逃げちゃうようなチキンなのに。
そんなヤツを15年間も好きな物好きは、……あたしだけど。
「ねえ、」
「あ」
まずいまずい、思考の波に飲まれそうになっていた。危うく浮かび上がれないほどに沈んでしまうところだった。す、と手があたしの顔に伸ばされる。
少し骨ばった手が頬に触れた、そう思った瞬間。
パァっと世界に色が差した。
「ぎゃっ!」
「プっ、」
目を覆っていたサングラスは、目の前の男の手の中に。
「返して!!!」
あたしの怒鳴り声にも、我関せずでクツクツと笑っている。