憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
帰り際、千秋は躊躇いがちに「ヒサ」と呼んだ。
「……本当に、ありがとな」
そう言うのに尚は軽く腕を組みながら、小さく頷いた。
「今度はあたしの家で宅飲みやろうよ!お酒なら沢山あるし」
「やだね。真知の部屋狭いから」
意地悪く言う尚にふくれっつらをしたあたしを、千秋が横で笑った。
尚はそれじゃ、と短く言って扉を閉めた。
千秋は名残惜しそうにその扉を見つめていたから、なんとなく嫉妬にかられて、引っ張る様にして無理矢理エスカレーターに乗った。
タクシーが見当たらず、仕方なく電車で帰るために教えて貰った最寄り駅までの道を歩く。
この時間で、更に都会から誠東への下り列車となれば、車両にほとんど人は居なかった。
あたし達は一列シートを二人締めして足をだらりと伸ばした。