憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
尚は、感情を押さえ込むように煙草を口に咥え、ゆっくりと吸う。吐き出した紫煙が、真黒な空へと吸い込まれてゆく。
ゆっくりと、尚が月を背にして立ち上がる。
「全て、奪ってやらないと気が済まない」
「奪うって、誰から……」
その問いに、答えはなかった。
取り巻く空気は鋭く尖って、触れるもの全てを傷つけ、拒絶する。台詞とは裏腹に、尚の顔は怖いくらいに無表情だった。
「……真知、ごめん」
「どうしたの、尚。あんたが2度も謝るなんて、あしたは雨が降るね」
少しでも空気を和まそうと、おどけてみせれば、尚はようやくその口元に小さく笑みを浮かべた。煙草を灰皿に押し付ける。
そして。
手が伸ばされた。
息を呑む。気づけば、あたしは尚の腕の中にいた。ゆっくりと抱きしめられたとき、紫煙の香りと尚のフレグランスがふわりと鼻を掠めた。