憂鬱なる王子に愛を捧ぐ
個室の並ぶ5階の一室。
『葉山 結衣』と書かれたプレートを確認したときに、千秋が一瞬何か言いたげに視線を揺らした。尚は、それに気づかない振りをしてコンコンと二回ノックをする。
扉に手をかけた瞬間、スモーク硝子の窓にまるで飛び込んでくるように人影がうつり勢いよく扉が引かれた。
――パン…ッ!!!
乾いた音が響く。
背の高い尚の後ろにいたせいで、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
「ッ」
「ひ、……尚っ!?」
「貴方、どういうつもり!?結衣には関わらないで頂戴って、何度言ったら理解出来るのよ!!」
ヒステリックな声が耳を劈いた。
そこには、激昂した小太りの中年女性がおり、怒りに燃える瞳で尚を睨んでいる。
尚は文句のひとつも言わず、ただ小さく頭を下げたあと、そっと結衣ちゃんに視線をやった。
「ヒサ、血が!」
彼女の指にいくつも嵌められている大きな宝石が掠ったのか、唇が切れて真っ赤な血が滲んでいた。
慌てふためく千秋を、尚は大丈夫だからと、やんわり宥めた。